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新しい生活のスタート

     ―――四月一日  雲一つ見当たらない快晴。  まさに入学式日和と言ってもいいような気分のよい爽やかな朝だ。  春の暖かな風に吹かれて、柔らかな日差しに目を細めながら、俺はバス停までの道のりを小走りで駆け抜ける。  街道に一定の間隔で植えられた、桜が満開だ。  そよ風に吹かれて、空へと薄桃色の花弁が舞う。  満開の桜を眺めながらバス停へとたどり着いた俺は、ちょうどタイミングよく到着したばかりのバスへと乗り込む。  バスの一番後ろの後部座席に俺は座り、走るバスの窓ガラス越しに桜の花弁が舞う町並みを眺めながら到着するまでの時間を潰す。  バスに乗っている乗客の数人は俺と同じデザインの制服を着ていて、俺が通う所の高校の生徒であることが伺える。  真新しい制服を着込んでるやつらは俺と同じ新入生のやつらだろうな……  そんなことを考えながら頬杖をついて流れて行く景色を見ていると、前の席に座っている男子に声を掛けられた。 「そこの金髪頭のひと!」  このバスに乗車してるヤツで金髪頭は俺しかいないので、仕方なく声を掛けてきたそいつの方に顔を向ける。    「もしかして海外からの留学生?  アイキャン、スピーク、ジャパニーズ?」 「……れっきとした日本人だ」  日本語が喋れるかもなにも、日本生まれの日本育ちなんだから、ペラペラに決まっているだろう。  俺が流暢な日本語で返答するのを聞いて、俺に声を掛けてきた男子生徒は、不思議そうな顔をした。 「じゃあ、髪染めてんのか?  瞳の色がブルーなのはカラーコンタクト?」 「全部自前だ」 「……えーーと……国籍が日本なのか?」 「まあ、そうだ」  俺はめんどくさくなって適当に答えてやる。 「新しい制服着てるし、新入生だよな?」 「ああ」 「俺もなんだー。お前、名前なんていうんだ?」 「人に聞く前に貴様が名乗れ」 「俺は小林龍之介ってんだ。新入生同士よろしくな!」  小林と言うらしい、そのクセっ毛に外ハネ気味の短髪赤頭の生徒は、俺に言われて素直に名前を名乗り手を差し出した。      屈託のない笑顔で手を差し出す小林の隣りの席に足を組んで座っている、艶やかな黒髪をした、真ん中分けで瞼に掛かる程度に少し長めの前髪をした男が、やけにギスギスとしたオーラを発しているので、俺はそいつの目をなるべく見ないようにしながら小林が差し出した手を軽く握り返して握手に応じる。 「で、あんたの名前は?」 「美空 翼だ……」 「みそら、つばさ……いい名前だな!」 「そ、そうか?」 「俺のことは龍之介って呼び捨てにして呼んでくれればいいから、翼って呼んでいいか?」 「あ、ああ……」  俺と龍之介が会話している間も、その黒髪の男はうつむき加減で前髪に隠れて顔がよく見えないが、怒っている、ということだけは得体の知れない威圧感を発していることから解る。    前髪の隙間からバスが揺れるたびに時折、ちらりと見える鳶色の瞳は、瞬きすらせずにギラリとこちらを凝視している。  機嫌よく楽しげに会話し続ける龍之介の言葉が俺の右耳から左耳へと抜けていく。  龍之介が俺に対して何を話しているかなど、全く頭に入ってこない。  さっきから、黒髪男がずっと俺に睨みを利かせているのだ。  その瞳には嫉妬と憎悪の入り混じった狂気の炎がちらついている。  俺はそいつの目を見ないように顔を背けているのだが、突き刺さるような視線に、冷汗が背筋を伝うのがやけにハッキリと解り身震いした。  隣りに座っている、黒髪男のそんな恐ろしいまでの暗黒の波動と態度を龍之介は全く気にしていない。  いや気付いていないのか?  コイツは、きっと大物になる。 「……でさ、翼は何部に入るつもりなんだ?」 「……あ?」 「なんだよ! 人の話聞いてないのか?!」 「いや……ちょっと、さっきから、 気になってる事が……」  俺は黒髪男の目を見ないように顔を背けたまま、思い切って龍之介に隣りに座っている男のことを聞いてみようと切り出してみる。      「気になってること?  何かあるならハッキリ言えよー!  俺が答えられることなら教えてやるぞ!」  龍之介が自分の胸をドンッと叩いてそう言ってくれた。  その言葉に甘えて、黒髪男と目を合わせないよう顔を背けたまま、そいつと龍之介の関係を俺は思いきって聞く。 「龍之介の隣に座ってる黒髪の人は、お前の友達か何かか?」  俺が龍之介にそう聞いたのだが、彼はしばらくの間、きょとんとした表情をして固まって、すぐに笑いながらそれを否定した。 「あっはっはっ!  全然、真澄とは友達とかそう言うのじゃないからな!」 「じゃあ、知り合いか何かか?」 「そうだな。まあ、知らないやつではないぞっ!」  龍之介がそう答えてくれているのはいいのだが、彼の隣りに座っている黒髪男が我慢ならないといった風に、急に勢いよく立ち上がり、俺は何をされるのか恐ろしくて、内心ビクビクしながらこの場どうやって切り抜けようかと必死に考えて、身構えていた。  黒髪男はそのまま龍之介の腕を掴み、彼を自分のところに抱き寄せてからこう叫んだ。 「龍之介君は、僕の婚約者だッ!!!」  ……は?  こんにゃくしゃ?  いや、婚約者?  龍之介は実は男装女子だとかなのだろうか?  全然意味がわからん。  男同士じゃないのか? 「誰が誰の婚約者だああぁッーー!!!」  俺が黒髪男が叫んだ言葉の真意を理解するよりも先に龍之介が、否定の言葉を叫んだ。  周囲にいる乗客達はみな、叫んでいる男子二人の声を聞いて一体何事だ?とばかりに俺たち三人がいる後部座席がある場所を見ていた。   (うわあっあぁ! 勘弁してくれ!)  視線が自分に集まっているのが居心地悪くて俺は今すぐにでもこのバスから飛び降りて逃げ出してしまいたかった。  しかし、そう言うわけにもいかないので、言い合いをしている二人を宥める事にした。 「わるい、俺が余計なこと聞いたのが悪かった! だから、周りにいる乗客に迷惑がかからないように落ち着いて、なるべく、小声で話してくれ!」  俺は、仕方なくその場の騒ぎの矛を納めるために謝って、二人に落ち着くように頼んだ。 「翼が謝る、必要は全くないぞ! 俺のほうこそ悪かった。真澄は存在自体が悪かった。ということで、落ち着こう。」   と龍之介が言った。       彼に真澄と呼ばれた男は、口端の筋肉を引きつらせつつも怒りを抑えて、低い声で唸るように笑いながら言った。 「クククククッ!  龍之介君のその暴言は、今夜はお仕置きフルコースと言うことで許してあげよう……」  そう呟きながら、真澄は席に座り、足を組みなおした。    こわっ!    出来ることなら、コイツとは係わり合いになりたくなかった。  彼の身が心配になった俺は 「龍之介、お前大丈夫か?」  と聞いた。 「ああ、大丈夫大丈夫! いざって言う時は、返り討ちにしてやるつもりだから!」  いやいやいやいや、無理だろ?!  アイツが普通じゃないってのは無関係な俺から見ても解る。 「返り討ちって、龍之介、お前、腕っ節に自信有るのか?」 「いや。全然。真澄のが力強いし全然歯が立たないけど?」 「じゃあ、返り討ちにするとか無理だろ?」 「俺には最終奥義があるから大丈夫なんだ」 「最終奥義?」 「油断してる所を狙って、真澄のちんこを叩っきる!」  こいつもこええっぇっえええっ!!!  笑顔で恐ろしいこと言いやがった!    普通じゃないヤツと付き合えるのはまた普通じゃないヤツか。  出来ることならこいつらとは知り合いにはなりたくなかった。

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