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昔の真澄

     なんとか、落ち着いて話が出来そうな雰囲気になって、俺はほっと胸をなでおろして元いた後部座席に座りなおした。 「そういや、真澄。お前まだ翼に自己紹介してなかったよな?」 「……ああ」  そう言って俺のいる方に顔を向けた真澄は、さっきとは打って変わって、普通に微笑んで握手を求め、俺に手を差し出した。 「僕は天上院 真澄(テンジョウイン マスミ)よろしく」 「あ、ああ。よろしく……!」  握手を俺と済ませた真澄はポケットから白いハンカチを取り出して、俺と触れ合った方の手の平を入念に拭いている。  こ、こいつ、全然俺とよろしくするつもりねえ! 「翼。真澄は俺以外の他人には始終こんな感じなんだ。だから、あんま、気にするな!」  龍之介にそうフォローされてもまるきりばい菌扱いされれば、やられた側は多少なりと傷つく。    「キミ、翼君と言ったっけ? 僕の龍之介君に手出ししたら、この世の全ての苦痛を味あわせながら、じわじわとなぶり殺しにするから、そのつもりでいるがいい」  真澄はそう忠告してやるとでも言いたげな態度で、射抜くような鋭い眼光で俺を睨みつけながら、悪魔のような皮肉った笑みを浮かべた。  モデル顔負けに整った美形だけにそういった表情をされると、よけいに凄絶に見えて恐怖が増す。 「真澄! いいかげん初対面のヤツすごんで脅す癖、直せよな!」 「べつに、脅かしてなんかいない。親切に忠告してあげてるだけじゃないか」 「脅かしてるだろ! お前、俺の幼馴染のコジロー相手にも同じことして泣かせたじゃねーかよ……」  誰かは知らないが、そのコジローと言うヤツに心底同情した。  気が弱い奴が、やられたら、たまったもんじゃないだろう。    「天上院。とりあえず、俺は男には興味ないからそう言う心配は必要ないとだけはあえて言わせてもらう」  俺は、恐怖感を堪えつつも真澄のやつに同性相手に恋愛感情を持った事は、自分にはないことを教えてやった。  よく言った俺! 「ふふん。ならそれに越したことはない」  真澄は鼻で笑って意地の悪い笑みを浮かべ、俺を見下すような目で見てからそう言った。 「龍之介も同性が好きなのか?」  俺がそんなことをぶっちゃけて聞くと、龍之介は首をぶんぶんと振りそれを否定した。 「俺もそういう趣味はないからな! 俺はしとやかで大人しい純和風の大和撫子な女の子が好みのタイプだからなっ!」 「それは、まさに、昔の僕じゃないか。それから趣味ではなく性癖だ」 「今のお前には断じて、興味ないぞ! 趣味だろうが性癖だろうが変わらん」  ん?  しとやかで大人しい純和風の大和撫子な女の子=昔の真澄?  なんのこっちゃ、さっぱり意味が解らん。      俺が頭の上にクエスチョンマークを浮かべて訝しげな表情で考え込んでいるのを見て真澄が馬鹿にしたような目で見下しながら、突拍子もないことを口にする。 「翼君、キミは両性具有者がこの世に少数ながら存在するって知っているかい?」 「両性具有?!」 「僕の場合は……正確に言えばふたなりとは違ったのだが、幼い頃は見た目が女子と変わらない形態をしていてね」  いきなり何を言い出すのやらなのだが、興味と言うか好奇心と言うか怖いもの見たさ的な悪癖がでてしまい、俺はついついどういうことなのか詳しく聞き返してしまう。 「えーーと、性転換したってことか?」 「違う。隠してるわけじゃないから、知りたいなら教えてやってもいいが」 「知りたいことは知りたいが……」   「僕は幼い頃は見た目が女にしか見えなかったけど体内に精巣があったんだ。  それで、生物学的に言えば男であることが解って、海外に手術を受けに行って、正式に男になって戻ってきたのが、この僕だ」  な、なんだってえっぇえっ?!  そんな漫画みたいなことが現実にあるのか?! 「なんだ、その疑わしげな目は? 嘘だと思うなら診断書を見せてやろうか?」  マジかよっ?!  事実は小説より奇なりとはよくいったものだ。  そんなことが実際にあるなんてな。 「じゃあ、龍之介が婚約者ってのは……」  俺がそう言うのを聞いた龍之介が遠い目をして答えた。     「俺が、結婚しようって約束したのは、黒髪で大人しくて可愛らしい女の子だった。  その女の子は、数年後に今の真澄の姿になって帰ってきた……男になってな」 「うわあ……」  俺は同情を隠せずに、哀れむような声を出して、真澄の方をチラッとみやる。    さらさらとツヤのある黒髪。    整った目鼻立ち。    鳶色をした切れ長の瞳。  瞼にかかり、影を落とす長いまつげ。  白磁のようなきめの細かい肌に、長くて美しい指先。  すらりと長く伸びた足。  そこいらにいるモデル顔負けの美貌だ。  いわゆる美形と言うやつか。    だが、その見目の麗しさも、中身であるところの性格がその全てを台無しにしているせいで決してプラスにはならない。  悪魔も裸足で逃げ出すような強烈過ぎる性悪さのせいで。       こうやってよくよく見れば、確かに彼は女顔だし、肩や腰は華奢で手足もすらりとしている。  真澄が昔、女みたいだった姿を想像出来ないことはない。  だが身長が目測で見て、175以上は確実にありそうだった。  そんな事を俺が考えている間に龍之介がそわそわとしだして、人差し指を立てて各座席の柱に設置されているボタンを押す準備をしていた。  ボタンを押したくて仕方ないというように、ワクワクとした好奇心旺盛な悪戯っ子の少年のように瞳を輝かせていた。  小学生のガキか!  俺も小学校低学年の頃は兄貴と、どっちがさきにボタンを押すかで、やり合った記憶があるが……高校生になってまで、バスに設置されているボタンを、押すのが楽しみだという奴がいるとは思わなかったのだけれど。       そんな彼の様子を見て外の景色を見やると、もうじき目的地へと到着するというアナウンスが流れ出した。 『次は若草学園校門前、若草学園校門前です』 「今だあぁっ!!!」  下車する事を知らせる為に設置されたボタンを押そうと、龍之介が嬉しそうに手を延ばす。  ゛ピンポン、ピンポーーン!゛  しかし龍之介が押すよりも速く、隣りに座っていた真澄が素早い動作で、横から掻っ攫うようにそのボタンを押してしまった。 『若草学園校門前、止まりまーす!』  バスの運転手が軽く手を上げてボタンの音に返事をした。 「うわあぁっ! 真澄の馬鹿野郎! ボタン押すのを今か今かと楽しみにしてたのにーー!」 「はっはっはっ! 油断しているからこういう事になるのだ」  そんな事を龍之介と真澄が言い合っている間にバスは目的地に辿りつき停車した。  俺は鞄を手に立ち上がるとあらかじめポケットに入れて置いた乗車賃を取り出して前方にある出口へと向かった。  ふて腐れた龍之介の手を引いた真澄もその後に続く。

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