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見る者見られる者そして繋がり【15】

   恋だとか愛だとかそういった感情とは無縁の生活をしてきた自分だ。  その気持ちは人が人であるがゆえに抱く想いで、とても人間らしい感情だ。  いろいろと欠けていると思っていた礼二が抱いているその感情は今の自分には、まだ理解できない。  自分もどこか欠けている、足りない人間なのかもしれない――  礼二のように好きになった相手が、自分にとっての全てだと言い切れる程に誰かを好きになれるかわからない。 『俺は翼を悲しませるんなら、傷つけるんなら死んだほうがいい』 『俺は翼に嫌われたら、生きている意味ないんだ』 『俺にとっての世界は、翼だから』 『俺は翼さえいればほかに何もいらない。  翼に必要とされない自分も翼以外の全ても、なにもかもだ』  再会したその日に左手にシャーペンを突き刺して、穴をあける自傷行為をした、礼二が言っていた言葉を思い出して、その言葉の意味の重たさを理解した。  背筋を冷たい汗が流れ落ちる感触がやけに生々しく感じて身震いした。  そう、きっと、『言う事をなんでも聞くから嫌いにならないで』と言った言葉通り、礼二はきっと翼の言う事であればなんでも従うだろう。 『お前なんかいらない、いなくなればいいんだ――』  過ちを犯したあの日、幼い翼が言ってしまった言葉通り、当時まだ幼かった礼二は自身の消失を望み、それをすぐさま実行に移した。  礼二は、翼さえいれば他には何もいらないと言った。  翼に必要とされない自分さえいらないと確かにそう言い切った。  そこまでして、自分以外の誰かを愛するという事が、出来る人間の方がきっと少ない――そう思う。  何より純粋で真っ直ぐで、けれど、どこかおかしい、狂っているような気がした。  どうして、そこまで――そうまでして――と自分は思ってしまうのだ。  それほどまでに愛されるような、想われるような、依存されるような、執着されるような、そんな人間じゃない。  俺は結局、自分が一番、大事で、相手の事を気遣う振りして、相手が辛そうだからという理由を言い訳にして、自身の欲を満たすことを優先して、彼の想いを利用して抱こうとしたような、下種な人間だ。 「ごめん……俺は、礼二の気持ちには、答えられない――」  翼のその言葉を聞いて、礼二は目の前が真っ暗になったような気がした。 (翼は俺の事が好きじゃない、嫌いなんだ……)  そう思うとなぜ自分が今ココに存在しているのかが分からなくなった。  自分にとっての世界に拒絶された自分はどこにも居場所がない。  息をすることが出来ないし、する意味もない。  だたの肉の塊だ。  翼の言葉を聞いて礼二が、放心状態で見るからに落胆しているのに気づいて慌てて足りなかった言葉を付け足す。 「でも、別に礼二の事が嫌いだとかそう言った意味じゃない……だから、いいか、絶対に、はやまるなよ?」  礼二が暴走しておかしな行動に出る前に言い聞かせて抑止する。  気持ちには答えられないというのは好きじゃない、好きじゃないの反対は嫌い……ということは翼は自分の事を嫌っているのだろうと極端な思考を持つ礼二には翼が言っている事の真意が分からない。  呆けた表情のまま、とりあえずは礼二が頷いたのを見て翼は話を続けた。 「俺は、正直、自分がまだ、礼二の事をどういう風に思っているか分からないんだ」  そう言われて礼二は首を傾げて不思議そうな顔をして翼を見返した。 「礼二が俺を好きだと言ってくれるその気持ちは嬉しい……出来るものならその気持ちに、答えたいと思ってる」  その話を黙って聞いていた礼二だが、翼が言うことは難しすぎて半分も分からなかった。 「礼二のことは家族として、兄として大切に思ってる……これは、本当だ」  大切……その言葉に反応して礼二の瞳に光が戻り、呆けていた状態から、瞬く間に、通常時の状態にまで復活した。  翼の言葉一つで絶望したり、元に戻ったり、礼二の精神は浮き沈みが激しくて忙しい。 「けど、礼二の好きと、俺が礼二を家族として兄貴として大切に思っている気持ちは違うものだから、だから、礼二の気持ちには答えられないんだ」  そう言われて、礼二は頷いたが、本当はその台詞に含まれる言葉の半分も意味が分かっていなかった。  それでも、とりあえずは、翼が自分を嫌いじゃないということだけは理解できたので安心した。  ほっと息を吐いて安心したような表情になって落ち着きを取り戻した礼二を翼はそっと抱き寄せて彼の頭を優しく幼子にする時のように撫でてやる。  翼に抱き寄せられて頭を撫でられて嬉しそうにしがみ付いてくる礼二の背中を摩り、手を徐々に下方へと滑らせていく。  辿りついた先にある薄く肉付いた双丘を左右の手の平で割り開いて、ついさっきまで指を挿れて掻き回していた入り口をそっと押し開いた。    「んっ、あぁ……ふぅ……つばしゃぁ……」  敏感な粘膜を外気に急に曝されて礼二が切なげな甘さを含んだ声を漏らした。 「……礼二の好きはこういう事をして欲しいのも含めた好きだろ?」  左右に掴んだ尻肉を揉みしだきながらそう言う翼の言葉に礼二は艶を帯びた吐息を吐き出しながら頷いた。 「ふぁ、んん……ぅん」 「正直、さっきは俺も礼二を抱きたいと思った」  翼のその言葉を聞いて、放置されていた肉筒の奥のほうがきゅんと締まって再び、熱くなってむずむずと疼き始めた。  足を伸ばしてベッドに座っている翼に礼二がしがみ付き、乗り上げる形で向かい合っている。  翼の片足を跨ぎ、途中で放り出された肉茎と陰嚢が押し潰されて礼二は無意識に翼の太股に擦りつけるように腰を揺すって動かして自慰をしていた。 「あ、あ、ん、ぅん、んっ、んんっ!」 「礼二はさ……寂しい時に自分でする時、どうしてた?」  唐突に翼にそんな事を聞かれて、揺すっていた腰の動きを止めて、翼の顔色を伺うようにみる。 「一人でいる時にしてただろ?」 「……ん」  翼に聞かれた言葉に頬を染めながら礼二が潤んだ瞳でコクリと頷いた。 「ずっと前から礼二は、一人でえっちする時にいつも自分でココ弄ってたのか?」  そう聞きながら礼二の白くて薄く肉付いた双丘を割り開いて、すぼまりを押し開いて少しだけ指を差し入れた。 「……ぅ……ううん」  ふるふると首を左右に振る礼二を見て、翼は苦々しげに表情を歪めて、こみ上げてくる黒い感情を押し殺した。  礼二を汚した誰かのせいで身体の奥の熱を持て余し、どうにかして自分で熱を冷まそうと翼のペンで内奥を掻き回して、抉り、泣きながら自慰に耽っていた彼の痛々しくそして淫蕩な姿を思い出して、胸が締め付けられるようだった。  男同士でするセックスがどういうものかとても知っていたとは思えない礼二をこんな風に変えた誰かが憎くて仕方がない。  男女間でする行為すらどういうものかちゃんと理解していたかどうかさえわからないのに……。  礼二の全身に付けられたキスマークを全て上書きして一時的に収まっていた怒りが沸々とこみ上げてくる。  礼二を問い詰めて、誰にやられたのかすぐにでも聞いて、犯人をボコボコに殴り倒して再起不能にしてやりたい。  とりあえずは鼻の軟骨がへし折れて潰れるぐらいは顔面を拳で殴りつける。  それくらいしてやらなければ怒りが収まりそうにない。  思えば、ここまで誰かを憎いと思ったのも始めての事だ。  遠まわしに、礼二をあまり精神的に揺さぶらないように、誘導してそれとなく探りを入れて、彼を汚した誰かを特定するための糸口を見つけようと翼は内心、焦りを覚えていた。  礼二を犯した相手が、一回きりで満足したのかどうか、これからも接触してこようとするかどうかも分からない。  翼以外の人間に辛辣な態度ばかりを取る礼二が相手の怒りを買って、性的に暴行されたというケースも考えられるし、なにか弱みを握られている可能性もあると思う。 「じゃあ、何で、こんなところにあんなもの入れて、オナ二ーしてたんだ礼二は?」  そんなことを聞かれて礼二は揺れる紅い瞳で、翼を見返して、どう答えようか彼なりに考えているようだった。 「…………」    しばし、無言のまま紅い瞳が泳ぎ、きょろきょろとせわしなく動き、彼が動揺しているというのが見て分かる。  本当のことを言ってしまえば、翼に嫌われてしまう。  礼二が最終的には自分から欲しがって翼以外の男に抱かれたのだという事を、翼が一番ダメージを受けるような手酷い言い方で、佐藤は全てを暴露するだろう。  翼に嫌われる事を何より恐れている礼二は翼に聞かれた質問にどう答えようか、唸りながら俯いて頭を抑えて考え込んでしまった。 「う……うぅー……」    そんな礼二の様子を見て、翼は表情を歪ませて、訝しげに眉を顰め、奥歯を強くかみ締めてギリギリと歯軋りをした。  礼二が翼に対して何かを言うのにここまで悩み、躊躇う姿を見るのは初めてだった。  何か弱みでも握られて、口止めでもされているのでは?という考えが、もしかすると当たっているのかもしれない。  犯されて汚された挙句に何か酷いことでも言われて弱みを握られて、泣きながら自分を陵辱した相手に懇願している礼二の姿がふいに頭に浮かんだ。    ただの想像でしかないが礼二の性質から考えればありえないことではない。  彼は自分でも言った通りに翼の事を引き合いに出されれば、簡単に騙されて、何でもするだろうからだ。  人の弱みに付け込んで、相手を支配して自分のいいようにするなど、普通に考えればしてはいけないことだ。  考えれば考えるほどに礼二を汚した相手が許せないという気持ちが募って怒りで脳が熱くなって焼ききれそうになる。  目の前が怒りで真っ赤になって見えなくなり、犯人を見つけ出して対面した時に自分が何をしてしまうのか、正気でいられるかどうかすら分からなくなる程に―― 「つ、翼ぁ……?」  礼二の少しだけ、怯えたような震える声で名前を呼ばれてハッとして我に返る。  幼い頃からずっと一緒にいて翼がこんな表情をしているところを始めて見た礼二は聞かれた事になかなか答えられない自分に彼が憤っているのではないかと思い、肩を震わせながら翼を恐る恐る見返し、眦に涙をじわりと浮かばせた。 「うっ、うぐっ、うぁ、ぅうっ……ひっ!」  翼は息を荒げてまたぐずり始めた礼二を見て、彼を慌てて抱き寄せて背中を摩って落ち着かせようとした。 「礼二に怒ってる訳じゃないから、泣かなくていいんだ」 「ふぁっううっ! ひぐっ!」 「ごめん……もう無理に変なこと聞いたりしないから……」  それとなく犯人の事を聞きだそうとしたが結局は、泣き出してしまった礼二にそれ以上、問い詰めることは出来ずに諦めるしかなかった。  情緒が不安定な彼をこれ以上揺さぶるのはよくないと思い抱き寄せた頭を優しく撫でて落ち着くまで抱きしめてやる。  ほんの少し目を放した隙にどこかへとふらふらと出歩いて礼二が迷子になることは幼い頃からよくあった。  だから、翼はどこへ行くときも礼二の傍にいて手を繋ぎ、彼の面倒を見てきた。  そのことをすっかり忘れかけていたことが今回の事態を引き起こしたひとつの要因であることだけは確かだ。  けれど、24時間数分たりとも礼二から目を離さないようにして監視し続けるのは不可能だ。  それで実母は気が滅入ってしまい挙句の果てに発狂した。  自分もそうならないとは決して言い切れない。  礼二のことを理解してやり、守ってやれるのはもう、自分しかいないのだ。  家族全員に見放されてしまった彼はきっと生きてはいけない。  眦に大粒の涙の雫を浮かばせてしゃくりあげている礼二を抱きしめる腕により力を込めて、彼の少し汗ばんだ首筋に顔を埋める。 「礼二……大丈夫……傍にいるから、もう離れたりしない……」  もうどんなことがあっても逃げたりはしない。  礼二と向き合って彼の手を引いて、二人で生きていこうと、自分がいなくなったあとでも彼が一人で生きていけるようになるまでは、ずっと傍にいてやろうと。  そう思って抱きしめた礼二の背に回した腕に力を込めた。 「ひっ、ぅうっ……本当、に……?」  しゃくりあげながら抱き返す腕に力を込めて翼により強くしがみ付きながらそう言う礼二の額に自分の額をくっつけて唇が触れ合いそうなほどに至近距離で彼の紅い瞳の中に映りこむ自分の姿を見ながら静かに頷いた。 「ああ。たとえ、どこかへ行っても絶対に礼二の所に帰ってくる。だから待っていて欲しい」  真っ直ぐに向き合い翼の大きな空色の瞳と礼二の紅色の瞳が互いの姿を移して視線が重なり合う。  「うん……」  礼二は翼に言われた言葉に、短く返事をして頷いた。    翼がどこかへ行ってしまっていなくなるのは寂しいけど、絶対に自分の下へと帰って来てくれるといってくれた彼の言葉に少しだけ安心した。  寂しいけど、彼の言葉を信じて、待っていれば、いつかは翼は絶対に自分の元へと帰って来てくれる。  ――頭を撫でて、抱きしめてくれる。  そう思えば、長い時でも待っていられるような気がした。 1分、30分、1時間がまるで永遠のように感じて、もう二度と翼に会えなくなってしまうのではという不安に駆られる事はきっと無くなりはしないけれど――  翼は礼二の頬に手を宛てて優しく撫でて、戯れるように彼の額にそっと口付ける。  眦に浮かんだ涙の粒も唇で吸い上げて拭ってやり、そのままついばむように頬へ唇へと触れるだけのキスをする。  幼子を安心させるときの母親がするような優しいキスに、礼二が嬉しそうに無邪気に笑みを浮かべた。

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