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礼二の過去と体の異変【3】

 彼の好きな、いちごジャムがふんだんに使われたタルトケーキでも買ってきて、歳の数だけロウソクを立てて、ささやかだけどお祝いをしよう。  これからは毎年、礼二の誕生日を祝ってやり、七夕やクリスマス。  季節ごとにある行事もしてやって、少しずつ新しい思い出を作っていければと思う。  離れていた時が長かったから、俺達はまだ二人で何かをした思い出が少ない。  これから、この学園で卒業するまでの3年間でどれだけの思い出を作れるだろうか?  多くの人と出会い、別れ、関わりあう事で自分の気持ちがどんな風に変化していくのかまだわからないけれど。  礼二の想いにちゃんとした答えを出して伝えられる日がいつかくるだろうか。  眼前ですやすやと寝息をたてている礼二の瞼に掛かる前髪を掻き上げて、そっと額にキスをした。  「おやすみ、礼二」  掛け布団を引き上げて、整えてから瞼を閉じた。  昨日と今日だけでもいろいろな事が慌しく過ぎていった。  明日と明後日は休みだし、少しはゆっくりと落ち着いた穏やかな時を過ごす事ができるだろうか  そう考えているうちに、疲れた身体はすぐに眠りへと誘われる。  睡魔にそのまま身を任せて、翼も深い眠りの海へと落ちていった。  ふいに眠りから覚めて、礼二はそろそろと瞼を開く。  瞼を開いた礼二の赤い瞳に金髪の小柄な少年の姿が映る。  その少年は礼二のすぐ隣にこちら側を向いて、横たわり、眠っていた。  翼だ――翼がいる。  目の前にいる少年の肩に触れるとすり抜けることも無く、体温が手の平に伝わってきた。  (夢じゃない……よかった)  目を覚ました時に、翼がいなくなっているかもしれないと思っていた礼二は、翼が自分の目の前で横になって、規則的に寝息をたてているのを見て、身体に触れて、その存在を確認してからホッとして胸を撫で下ろした。  深夜2時――  寝室のデジタル時計を見て、今が何時かを確認した。  日付は既に変わっていて、この学園に来てから3日目に突入していた。  礼二は眼前にいる翼の寝顔をただ眺めて幸せをかみ締めた。  小柄な少年のあどけない寝顔は、実際の年齢よりも大分、幼く見えた。  翼がいれば、翼さえいれば、他には何もいらないのに、そんな思いを裏切るような自分の身体が忌々しくて、胸に爪を立てて抉った傷がなんだか熱を持っているような気がした。  ジクジクとした痛みがある。  礼二は寝巻きの上のボタンをたどたどしい手つきで全て外して、袂を左右に開いて、左胸を剥き出しにして傷口がどうなっているのかを見る。  爪傷の縁が赤くなっており、どうやら腫れているようだ。     翼に薬を塗ってもらった場所が寝ている間に服で擦れたのか、雑菌が入ったのか、はたまたその両方なのかはわからないが、左胸全体が真っ赤に染まり、炎症を起こしていた。  赤く腫れて膨らんだ胸に手の平で触れて摩るとヒリヒリとした痛みが増し、炎症を起こした部分がむず痒くなってきた。  薬は服に染み付いて、怪我をした左胸にはほとんど残っていなかった。  薬を塗ってやらなければとそればかりを考えていて、患部をガーゼで抑えて塞ぎ、紙テープで止めて、服に傷口が擦れないようにするのを翼はすっかり忘れていた。  礼二は痛みには強いほうだが、痒みにはめっぽう弱かった。  礼二は炎症を起こした傷口の周囲を爪先でがりがりと引っかいて痒みをどうにかしようとした。  せっかく塞がったばかりの裂け目がパックリと開き、周囲が真っ赤に腫れ上がり、礼二の染み一つない真っ白な肌は見るも無残な状態になってしまった。  痒みが鎮まるまで、ガリガリと無心に腫れた部分を引っ掻きながら、翼の寝顔を見て礼二は結局、朝までずっと起きていた。  ――AM6:00  翼はサイドボードの上に置いてあるデジタル時計のアラームのベル音で目を覚ました。  毎朝同じ時間に起床する習慣をつけようと目覚まし時間を朝6時に鳴るようにタイマーをセットしていた。  翼はもそもそと上半身を起こして、腕を伸ばし、ベット脇にある目覚ましのボタンを叩いて消した。  まだ霞む視界をどうにかしようと眠い目元を手でごしごしと擦る。  深夜2時に目を覚ましてずっと起きていた礼二が寝転がったまま嬉しそうに翼の名前を呼んだ。 「つばしゃぁ」 「なんだ、礼二、もう起きていたのか……」  翼はそう言いながら徐々にクリアーになってきた視界に先に目を覚ましていたらしい礼二の姿を映した。  その日、翼が朝一番に目にした礼二の姿は、上着の袂が左右に開かれ、タンクトップが押し上げられて、白い胸が剥き出しの状態だった。  白い胸……いつもであれば白い筈の礼二の左側の胸は真っ赤に腫れ上がり、傷口が開いて、引っ掻いた線に沿ってあちらこちらに血が飛び散り、白いキャンバスに赤い絵の具をぶちまけて、べっとりと塗りたくられているかの様になっていた。  炎症を起こしているのか、倍以上に膨れ上がった胸が歪な形に凹凸を造り上げ、蜂に刺された時の様な見るも無残な状態になり果てていた。 「うわあああぁぁぁっ!」  それを見て悲鳴を上げた翼の大げさすぎる反応に、礼二はきょとんと不思議そうな顔をした。  驚きのあまり、身を完全に起こして、飛び上がり、翼はベットから転げ落ちそうになった。        翼はなんとか気を取り直して、落ち着きを取り戻そうと深く息を吐いた。  消毒をして手当てしてやらないと絶対に後々になって引き攣れて醜い痕が残ってしまう。  そう考えて慌ててベットから降りて、サイドボードに設置された引き出しから、救急箱を取り出して、ガーゼと脱脂綿と医療用のテープと消毒液を取り出して、礼二の下へと慌てて持っていく。  下ろしたての綺麗な脱脂綿を礼二の左胸に急いで当てた。 「!?」  血を拭き取ろうとして翼が宛てた脱脂綿の繊維が炎症を起こした部分をちくちくと刺激して痒みがぶり返してきた。 礼二は痒みをなんとかしようとまた左胸をガリガリと引っ掻こうとした。 「礼二! だめだ、自分の体を傷つけるような真似は……」  そこまで言いかけた翼を礼二は弱り顔で、目尻に涙を浮かばせて見上げ、やっとの思いで一言だけ呟くように言った。 「痒い……」  身体の内側から耐え難い痛痒さが襲い掛かってきて我慢が出来ない。  原因が何かは分からないが、礼二が絶えがたい痒みで目尻に涙を浮かばせて苦しそうにしているのを見て、保健医のところに連れて行って見てもらおうと思った。  今日は土曜日だから午前中に受付をすればすぐにでも保健室の隣に併設されている診療所で診察してもらえるはずだ。  翼はベット脇に立てかけてある礼二の学生鞄の内ポケットから彼の診察券を取り出した。  初日に和彦が礼二を診察した時に作ってもらったものだ。  傷口の周辺だけでなく、口の周りや頬、指先を注意深く見てみると、赤く腫れて炎症を起こしているようだ。  なにやらプツプツと水疱のようなものも出来ている。  礼二の身体に一体何が起きたのか、わからない翼は、事態を重く見て、隣のベットからシーツを抜き取って礼二に被せて上半身がむき出しなのを隠す為と身体が冷えないように包み込んで、彼の膝裏に腕を通して姫抱きで抱え上げた。  翼に抱きかかえられて礼二は嬉しそうにしがみ付いて、されるがままになって大人しくしていた。  「引っ掻いたら余計に悪化するから、辛いかも知れないが、診療所に着くまで我慢してくれ」  痒みを耐えるのは相当きついかもしれないが、これ以上、酷くならないようにかわいそうだが我慢してもらうしかない。 「んんっ……うん」  翼に引っ掻くのを我慢するように言われて、痛痒さに耐えて礼二はきつく瞼を閉じる。  こんな早朝だからまだ診療所が無人の可能性もあるわけだが、とりあえず連れて行くしかない。  自室の玄関へと向かい、脱ぎ捨ててあるスリッパを履いてそのまま廊下へと出る。

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