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礼二の過去と体の異変【4】

 礼二を抱きかかえたままではいちいち、上履きや靴に履き変えている余裕等、ありはしない。  翼は仕方なく、自室を出る時に履いてきたスリッパのままで、寮館の玄関から外に出て、そのまま診療所へと向かう事にした。  途中、森林公園を通りぬける時にまたパチパチと火が爆ぜる音と香ばしい匂いが漂ってきた。  また誰かがバーベキューでもしているのだろうと、うっそうと茂る木々の間に見えるテントをちらりと横目で見て、通り過ぎようとした。  緑がかった黒髪に緑の目をした背が高く割りと体格のいい褐色の肌をした青年になりかけたくらいの少年が川魚になれた手つきで串を通していた。  昨日、手塚のクラスで少しだけ顔を見て、知っている程度の人物だが、ヘラヘラとした、いい加減そうな見た目に反して、根はしっかりしているのか、彼はF組のクラス委員長で、F組のまとめ役でリーダー的存在らしい。  寮があるのにわざわざこんな場所にテントを張ってサバイバル生活をしているのだから、相当に変わり者なのだろう。  変わり者が多いこの学園の例に漏れず彼も普通の人間とはかけ離れた趣味嗜好を持つ生徒のようだ。  川魚を塩焼きにして朝ごはんにでもするのだろうか?  飯ごうで白米の炊けるいい香りと味噌汁のようなものの朝餉の香りも漂っていた。  うまそうな朝餉のにおいをかいで食欲を刺激されて、胃が収縮したのか思わず翼の腹の虫がグーと音を鳴らした。    翼は空腹感に耐えて、咥内に溢れた唾を飲み下すとその場所を足早に通り過ぎた。  とりあえず空腹を満たすのは礼二を保健医に診てもらって容態が落ち着いてからだ。  そんな事を考えながら、礼二を抱えて歩いていた翼だったが、いつのまに追いかけてきていたのか、その緑髪の原始人……じゃなくて、F組のクラス委員長の吉良光也に肩をぽんと叩かれて唐突に話しかけられる。 「つばっちゃん! 今朝は、ずいぶんと早いじゃん、どうかしたんか?!」  火元はいつのまに消火したのか、背後を振り返りテントがある方を確認してみたが、煙はもう立っていなかった。  それはそれとして今何か自分が変な呼ばれ方をしたような気がして翼は思わず聞き返してしまった。 「つばっちゃん?!」   それは、なんだ、もしかして俺のあだ名かなにかか?! 「つばさって言う名前なんだろー? なら、つばっちゃんだろー?」  なんだ、なんなんだ、コイツ、馴れ馴れしいにも程があるぞこの野郎!    ……とこんな事をしている場合じゃなかったんだ。    早く礼二を、診療所に連れて行って見てもらわなければ……。  翼はそう考え直して、それ以上、光矢の相手はせずに先を急いだ。  聞きながらも光矢はなぜかそのままずっと翼の後をついてきていた。 「クレイジーちゃん、どうかしたのか?」  全身をシーツに包まれて、翼に姫抱きにされている礼二を見て、さすがに気になったのかどうしたのかとやや心配げな表情で聞かれる。 礼二もご多分に漏れず、変なあだ名を付けられているようだが、それにはあえて突っ込み入れずに答えてやった。 「なにかの病気になったかもしれない。原因は分からないが、今朝方、急に礼二の身体のあちこちが腫れたり赤くなったりして、水泡もできてるし、とにかく診療所で見てもらわないといけないから急いでるんだ」 「そうだったんか! そりゃぁ、大変だ! それならそうと早く言ってくれよな! 俺っちが診療所まで二人纏めて連れて行ってやんよ!」  光矢はそう言うが早いか、翼が抱きかかえている、礼二の腰を掴んで肩に担ぎ上げるようにして乗せた。 米袋を運ぶ時の感覚でひょいとそのまま片手で礼二の腰を抱えて支え持つ。  それを見て驚いて目を白黒させている翼の腹にも空いている方の腕を通して、まるで荷物のように、小脇に抱えて軽々と持ち上げた。  屋外でアウトドア生活をしている野生児だけあって腕力がかなり強いのか、男子生徒二人を両腕で抱えている状態であるというのが信じられないスピードで森林公園を疾走する。 「おわああぁっ! ちょっ、おま、俺は自分で歩けっ……離せ!」  翼がバタバタと手足を動かして、自分の足で歩けると主張したが、その言葉は聞き入れられなかった。   「んな、ちっこいなりで、でかいの抱えてたんだから無理しすぎると、後でぎっくり腰にでもなりかねないっしょ!  このまま診療所までひとっとびで連れて行ってやっから心配すんな」  ちっこいと言われて翼は腹が立ったが、このまま無理をしすぎては、ぎっくり腰になるかもしれない、というのは間違ってはいない。  なので、それ以上は何も言わずに、彼に任せて診療所まで連れて行って貰うことにした。  翼が自力で向かうよりも確かにあっという間に診療所の前にまで辿りついた。  ここは素直に感謝すべきだろうか?  小脇に抱えられたままの状態で翼はそう思って礼の言葉を言っておいた。 「ありがとう。もうここまででいいからとりあえず、俺だけでも、下ろしてくれ」 「おうよ! 困ったときはお互い様! つーか、俺っち、礼を言われるような事はしてないけどな」  光矢はそう言ってニカッと歯を見せて笑った。  翼をそっと地べたへと下ろして立たせてやる。  診療所の扉の前に休診の札が出されて取っ手にぶら下げられており、内側にあるカーテンは締め切られて明かりが付いているような様子もなく無人のようだ。    いや、誰かが常駐していて寝ているかもしれない。  翼はそう思って、扉をバンバンと叩いて中にいる人に出て来て貰おうと必死になって声を張り上げ、呼びかける。 「誰か、誰かいませんか?! 早急に診て貰いたい病人がいるので開けてください!」  翼がそう叫びながら、ドンドンと扉を叩く音が早朝の診療所内に響き渡った。

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