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煙草とフルーツと時々出逢い構図

   ――拓真にやるよ。  別のクラスであるが親しい仲である友人に渡されたのは、バナナだった。 「なぜバナナ……」  屋上前の階段踊り場にて、シミ一つない白い天井の隅にある小さな穴を見つめながら呟く俺、八代(やしろ) 拓真(たくま)。進学校の全寮制に通う高校二年生だ。ちなみに男子校。  学校から寮までの距離はそれほどなく、徒歩で5分かかるかかからないかの差で住みやすいと俺は思っている。  男だらけで暑苦しいとか、閉じ込められてるようで息苦しいとボカす奴もいるけどさ。でも周りは楽しくて面白い奴等が多いし、寮部屋の同室者である男は最近、彼女が出来たみたいでイジリ倒すのが日課になってきてもいる。  いつ、どこで掴まえた女なのかわからないが、所詮イケメンには磁石のように女がくっついて来るんだろう、と自己完結させてまたイジリ倒しに行ってる。  そう、イケメンならなんでもいい。許される世界がそこにある。それが例え、男同士だとしてもだ。  平凡でなんの取り柄もない俺から言わせてもらえば無関係そのものだからいいんだけど。つーか慣れたおかげで見てて楽しいし。  ぱく、と貰ったバナナを一口齧って――やっぱり、なぜバナナを貰わなきゃいけなかったんだ……平三さん……――という疑問をうみ出しといた。  平三。松村(まつむら) 平三(へいぞう)とは同じクラスではないが一年の時にクラスが一緒で、それ以下もそれ以上もない友人として過ごしている男から、バナナ。  まあ、あいつの部活はサッカーだし、エネルギー的な意味でバナナを持っている……という考えでいけば、たまたま会った俺にバナナを渡すことぐらい普通……、 「な、わけがない……」  納得いかないバナナにもう一口。  果物のなかでも程よい歯ごたえで、けど硬くもなく甘いバナナ。そこまでバナナが好きでもない俺だが、貰えば食べる。そんな位置のバナナ。  もう久しく食べてなかった。が、やっぱりなぜこの俺にバナナを渡したんだろうか。  余計なことを考える時間が惜しいと思うほどこんなにもバナナを考えてるのはおそらく俺しかいないだろうよ。どうでもいいんだけど。  どうでもいいとわかれば、なぜ平三が俺にバナナを渡してきたのか、という考えはパッタリと消えていき、まだまだ残っているバナナを一口齧った。その時、 「ん?」  不意に鼻を刺激してくるニオイ。バナナとは程遠い、ツンっ、としたような、むせたくなるような。そんなニオイが――この階の下かな。寝転がってた俺はあまり音を立てずに立ち上がり、手すりに掴まって顔を覗かせる。  あれだ……あのー、タバコ。そう、これは煙草の匂いだ。  答えがわかった瞬間、白い煙がひょろーり、と見えて心の中で『わっ、この学校に不良がいたんだ……!』と呟く。というか新しい発見?  この学校は平和に見えて刺激溢れる人物ばかりだからなぁ……あ、これまた親しい友人である木下(きのした) (あゆむ)も言ってたな……。  三年に黒髪の長身で左だか右だかにピアスの穴を三つも明けてる不良がいるって。でも確か、その不良先輩は生徒会に入ってたとか。そうじゃないとか。……そもそも不良なのに生徒会役委員とはどういうことなんだろうか。  頭が良いだけで生徒会に入れちゃうのか?  だとしたらうちの副会長の方が生徒会長に相応しいんじゃ――。 「あっ」 「……っ」  頭の中でごちゃごちゃと考え事をしていたら、やっと見付けた人物と目が合ってしまった。  校内は関係者以外の出入りは事前に学校へ連絡をしなくちゃいけない。から、ここの教師や生徒なわけで。でもって、俺が見付けた人物は俺と同じ制服を着てて。  さらに俺は、この人を知っていた。から、やっぱり生徒なわけで。  その右手に持ってる細い棒みたいなものは、高校生が吸っちゃいけない大人のものじゃないですか? 「見付かっちゃったなあ」 「いや、その、」 「ここって意外と穴場だもんなあ」 「……陽梨先輩」 「なに、俺のこと知ってんの?」  そう言って吸っていた煙草を携帯灰皿に押し潰して火種を消す。  どうどうと、見付かりながらも余裕持って、笑顔で近付いて来る、陽梨(ようなし) 流静(りゅうせい)先輩。  知ってるもなにも陽梨先輩は三学年の中でもひと際目立ってイケメン類の美人に属する人だ。なんだかモンスターみたいな紹介になってしまったが、ホントこの言い方が合ってるだろうよ。  顔も、成績も、運動神経だってめちゃくちゃ良いという噂。性格については俺もそこまで仲が良いわけでもないからわからないが……というかこうやって面と向かって話すのは初めてなわけだし。  陽梨先輩は噂だけでしか聞いた事ない人。  同じくモンスター級だと思ってる俺と同学年の生徒会長と副会長と、会長のコイビトという位置にいる、平三からの話のみ。たまに木下からも聞くが、奴の好みは少々俺には難しい話でついて行けなかったりする。  腐男子ってものにはかなわねぇよ。 「陽梨先輩、って確か生徒会役委員の書記だったんじゃ……」  ん?とカッコ良さに紛れる可愛らしさ……と、いうのだろうか。  首を傾げてる陽梨先輩に向かって指をさす俺。もちろん携帯灰皿の話だ。  言ったようにこの人は生徒会の人のはず。なのに未成年で煙草、さらにどうどうと学校内で吸っちゃうなんて教師からの信頼を失う一つでしかない。 「ああ、これなあ?」 「……」 「ふふっ」  やっと俺と同じ目線に立った陽梨先輩。  身長は同じぐらいか。ちょっと俺のほうが高いか……。俺はおちょくられてるのだろうか。俺なら言わないと思ってるんだろうか。残念。  俺は生徒会長様――の、恋人である平三――と仲が良いんだぜ。ちょちょっ、と耳に吹き込めば噂なんて広がっちゃうぞ? 「先輩、普通に煙草吸っちゃっていいんですか?」 「普通に考えてダメだろうね」 「じゃあ、なぜ、」 「んんー?」  なんて悪意のある笑みだ。たぶん、というか絶対にこの人性格悪い。  顔が良くて成績も運動神経も良いからって、性格も良いってわけじゃないみたいだ。欠点があってこその人間。そういうことか。 「こんな普通の面でも俺、会長様と繋がりあるんですよ?」 「わ、二年坊主が生意気に脅しかな?」 「はい?」  ――思わず笑顔でドス声。 「エンジェルスマイルとは違ってデビルボイスな八代 拓真君」 「……あれ、なんで俺の名前――」  初めてのはずなのに。  陽梨先輩は煙草が見付かっても崩さぬ笑顔で俺の顔をガシッ、と掴んで固定された。  強制的な見つめ合いにホモじゃない俺でもドキドキしててたまらない気持ちがうまれ始めてる。ドクドク耳から伝わってくるほどの神経に、つい黙って目を背けようとしてしまう俺はヘタレ以下だ。  けどなんで、なんで俺の名前を知ってんだろ。 「そのバナナ、くれ」 「え」 「バナナだよ。それ。持ってるやつ」  急に話に向かう方向が違ってきた気がする。  陽梨先輩は俺の顔を掴んでた手を一旦離して、皮を剥き、食べ途中であったバナナを。平三から無意味に貰ったバナナを指差して訴えてきた。 「俺バナナ好きなんだよねぇ。というか果物が好きというか。バナナが一番好きというか。くれ、それ」 「や、あっ、あげますけど……俺の食いかけですが……」 「いまだに食いかけで抵抗あるなんて八代 拓真君は童貞ですか?」 「平凡面でも毎日楽しいです」 「ま、はやく脱童貞したからって、は?なにが?状態にハマるもんなあ」 「……」  んー……!話が進まねぇ!  いや、徹底的に話し込もうなんて思ってないんだけど。  ただちょっと癪に障ったというか。なんかギャフンッと言いたくなったというか……俺ってば器小せぇのかな……。 「ま、いいや……。生徒会に入ってるのに煙草なんていいんですか?今すぐ職員室に差し出すことさえ簡単ですよ」 「八代 拓真君はやけに突っ掛かってくるね?どうしたのさ」 「あんたにはわからないことですよ」  そう言ってバナナを差し出すあたり、先輩後輩という関係性が出来上がってるせいで逆らう事に抵抗があるのはどうしてだろうか。  日本の縦社会は産まれたその日から受け継がれていくものなのか。 「ふーん?俺にはわからないことかー。まーねー。そうだねぇ。八代 拓真君、」  粘りに粘ってきた陽梨先輩。さっきから俺をフルネームで呼んでるけど、意味あるのか?  そう思いながら『はい?』と返事をすれば、先輩は差し出したバナナをそのままパクッと口にして、数回噛み砕いた後、 「生徒会役委員のみんながみんな、良い子ちゃんだと思わない方がいいよ」  と言って、またすぐ煙草に火をつけた。  ふっ、と掛けられた最初の煙に涙が出そうになったのは、最悪な出会い方をしたせいだと思ってる。 【煙草とフルーツと時々出逢い構図*END】  

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