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第1話
大抵は夕方。
駆けてくる足音、それと一緒に鳴るキーホルダーの音、そしてもどかしげに鍵を差し込む音と同時にドアが開いて、太陽みたいな笑顔が飛び込んでくる。
「アオイさんただいま!」
僕にはもう見られない太陽が、明るい日差しのような声で僕を呼ぶ。
とても嬉しそうに、とても楽しそうに。
「おかえり耕平 くん」
だから僕は閉じた本を手に『秘密基地』から抜け出すと、それをテーブルに置いてから家主を迎えた。
そう、秘密基地。
この家の主である耕平くん手作りの、二段ベッドを改造したごちゃごちゃの秘密基地はまるでこの部屋の縮図だ。物はたくさんあるけれど、決して散らかっているわけではなく、楽しいおもちゃ箱のよう。
そこに入り込むと、まるで僕までそんな楽しいものになれた気がして気持ちが落ち着くんだ。
「アオイさん、ただいまのチュー!」
そんな僕のもとに飛んできた耕平くんは、僕の頬に片手で触れて唇を尖らせてくる。
そのはしゃぎ方はまるでご主人を迎えるわんこみたいだけど、この場合家主なのは耕平くんの方で、言うなれば僕の方がペットのようなものだ。
だからと言って、尽くすばかりが愛情ではない。と僕は思う。
なによりも無尽蔵な彼の愛情を諸手を上げて受け入れているばかりでは、それだけで一日が終わってしまうだろうし。
「耕平くん。帰ってきたらまず?」
「て、手洗いうがいです」
「それを怠って風邪引いたらどうするの。大人しく寝ていられないでしょう?」
「はーい……」
アオイさんの看病は魅力的だけど、なんてこちらに聞こえるように呟きながら、耕平くんは大人しく手を洗いに洗面所へ向かう。
たぶん耕平くんは手洗いうがいをしなくても風邪を引かないタイプだ。その代わり雪の日にはしゃぎすぎて熱を出す。そんな人。
でもそれとこれとは別で、毎日のように同じことを繰り返す耕平くんとのやりとりは、おかえりなさいの恒例行事みたいなものだ。
けれど今日は少し様子が違った。耕平くんがなにかを隠している。
洗面所に向かうのに妙なカニ歩きで後ろを見せないようにしている辺り、なにかをそこに隠しているんだろうということは容易にわかった。それでも耕平くんはバレていないつもりらしい。
「それにしてもアオイさん、相変わらずキレイだね。朝よりキレイになった?」
「残念だけど、僕はずっと変わらないよ」
「じゃあずっとキレイなままってことじゃん。やった!」
年を取らない、ということをこれだけポジティブに考えられる耕平くんの性格に、僕がどれだけ救われているか、あまり言葉にはしないから伝わっているかどうかはわからないけれど。
太陽の光に当たれない、鏡に映らない、年を取らず普通じゃ死なないかわりに栄養として血が必要。
そう、端的に言えばそれはいわゆる『吸血鬼』というやつで、つまり人間ではない。
そんな僕を……もっと言えば、そんな存在になってしまったことに耐えられなくなって自殺しようとした僕を、必死に止めた上で、一目惚れしたからどうか俺のために生きてくださいと土下座して無理矢理血を飲ましてきたのがこの耕平くん。初対面で、一度も恐がることなく、だ。
その後に色々経緯はあったものの、ともかく僕はそんな耕平くんに拾われて、一緒に暮らすことになった。
大学とバイト以外の時間は家にいて、飽きずに僕への愛をストレートにぶつけてくる耕平くんの性格に慣れたのは、たぶん最近だ。
耕平くんがハイテンションで、僕がローテンションで。たぶんそれぐらいがちょうどいい僕たちのバランスなんだろう。そうやって思えるようになったのも最近で、そういう考え方が出来るようになったのは間違いなく耕平くんのおかげ。
そんな耕平くんは、しっかりと洗い終わった手を後ろに隠したまま僕の前にやってくると、楽しげに目線を合わせてきた。
「さて、改めましてここでクエスチョン。今日はなんの日でしょうか! はい! 俺たちが付き合って一年記念日です!」
「答えさせる気ないでしょ」
「いや、俺が答えたくて」
自分で問題を出しておいて即座に答える辺り、元からこちらに答えを求めての問いではないらしい。いや、今言ったとおり、問題を出しておいて答えたくなっちゃったのが本音なんだろう。なんともテンションが高い。
それにしても、一年、か。
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