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第2話

「もう一年も経ったんだ」 「そう。アオイさんが、俺と付き合って、俺の血だけを吸って、俺のためだけに生きてくれるって言ってくれた記念日」 「……そんなこと言ったっけ?」 「んーニュアンス?」  覚えのない過去のセリフに首を傾げれば、耕平くんもとぼけたように笑って首を傾げる。だいぶ曲解というか、1が95くらいに膨れていることだけど、耕平くんの傍にいようと決めたタイミングには違いない。どう思い出しても、そんな大げさには言っていないけれど。  その上で「細かいことは置いといて」とさっくり切り替えられるポジティブな思考は見習うべきところかもしれない。 「じゃん。お祝いの花束」 「……耕平くん」  そんな耕平くんが僕の前に差し出してきたのは、ミニブーケだった。  青いバラを中心に、白と黄色と紫の花が周りを取り囲んでいる。寒色だけでまとめずに明るい黄色が入っているところが彼らしい。……けれど。 「ダメだよ。僕は持てない」  綺麗な花束だからこそ僕は触れられない。  少し前に知ったことだけど、それは吸血鬼としての特性らしく。  触れた花から無意識のうちに生気を吸い取ってしまい、結果僕が持つと花は皆一瞬で枯れてしまう。  まばたきのその前まで綺麗な色で咲き誇っていた花が、全部色褪せ萎れて朽ちて行く様は一度見ただけで相当後に引くもので、初めてそれを体験した時はショックで声が出なかった。それを耕平くんも知っているはずなのに。  なぜか嬉しそうにブーケを掲げたまま、耕平くんは真ん中を指差してみせる。 「見て、これ。わかる? これがなにか」 「青いバラ……?」 「そ。大正解」  見たとおりの青いバラ。いくら花の名前に詳しくなくても答えられるくらいわかりやすい形をしているそれを、やっぱりそうだと笑われて、より困惑した。  なにがしたいのだろう。なにが言いたいのだろう。  マイペースに続ける耕平くんに、混乱が深まる。 「で、アオイさん、青いバラの花言葉って知ってる?」 「……存在しない、生み出すことが『不可能』、からの開発に成功したゆえの『奇跡』」  これもまた、有名な話だ。  元々は『青い』バラなんて自然界に存在せず、作ることも出来ないという意味で『不可能』だった花言葉が、開発されるようになって『奇跡』へと変わったという話は誰だって一度くらい聞いたことがあるはず。  だからどこかで聞いたままのそれを答えると、なんだか自慢げに微笑まれた。 「さすがアオイさん。あとね、『一目惚れ』ってのもあるんだよ。あと単純に『あおい』ってとこがいいよねって思って」  それを花束に入れた理由を早口で説明すると、再度僕へと花束を差し出してくる。 「受け取って」  人の血を吸い、花の生気さえ吸い取る吸血鬼が花束を無事に受け取ることなんて『不可能』だ。  だけど、耕平くんがどうしてもと言うのなら。 「……見て、アオイさん」 「え……?」  受け取ると同時に目をつぶると、花に触れた指先から微かな生気が流れ込んでくるのを感じた。見なくてもわかる、花束が萎れていく感触にため息をつこうとした瞬間、耕平くんが優しく声をかけてきた。 「ほら」  恐る恐る目を開ければ、そこには不思議な光景が見えた。  セピアなはずの手の中になぜかまだ色がある。  それは、鮮やかな青。雲一つない空の色。 「うそ……」 「奇跡起きたでしょ?」  バラが、咲いている。  ドライフラワーよりも色褪せカラカラに枯れた花束の中で、青いまま咲くバラ。  その光景はまるで『奇跡』のようで。  呆然とその光景を見つめてどれぐらい経っただろう。  ふと気づき、青いバラの花びらに触れてみる。枯れもせず、かといって生きている感じもせず。 「……これ、造花?」 「あ、バレた」  抜き取ってみれば、呆気なくその正体が知れた。  緑過ぎる茎は、よく出来ているけれどビニール製で、葉っぱもつるっとしている。 「がっかりしちゃった? ごめん。たまにはこういうサプライズもいいかなって思って」 「……」 「わーごめん! ごめんなさい。今度は本物の青いバラ買ってくるからさ、今回は」 「……これでいい」  生きてはいないけれど、そのおかげで枯れずに青々と咲くバラ。  それがなんだか自分とシンクロして、胸がぎゅっとした。 「これがいい。ありがとう、耕平くん」  耕平くんが考えて選んでくれた花。他のものなんていらない。これがいいに決まってる。  触れても枯れない、不可能からの奇跡の花。 「こんな風に花を持てるなんて、本当に奇跡みたいだ」  造花の青いバラは、耕平くんが僕に与えてくれた奇跡だ。自分の手の中で死なずに咲いてくれるそれが、嬉しくないわけがない。 「アオイさんが喜んでくれるならいいけど」 「うん、すごく嬉しい」 「それじゃあさ、それにプラスして恋人を味わうプレゼントはいかが?」  そんな耕平くんは自分の首もとをこちらに晒して血を吸うことを促してくれるから、僕はバラを手にしたまま首を振るとそのまま耕平くんの首に腕を回した。そして近づいた耳にそっと囁く。 「血は要らない。気持ちだけ受け取っとく」 「え、あ、そう?」  あからさまにがっかりした調子の耕平くんに、小さく笑って抱きつく腕にさらに力を込めた。普段はこんなことをしないから、不思議がっているのがくっついている分よく伝わってくる。 「えっと、じゃあこれは」 「その代わり、花のお礼に僕のことをあげる。今日は、耕平くんに全部を捧げるよ」 「マジで!? 俺が本気出したらアオイさん死んじゃうよ?!」  僕の言葉に驚いているわりには、まったく手加減する気のない耕平くんの全力の食いつき具合に笑って、「いいよ」と答えた。  これで僕の嬉しさが少しは伝わるだろうか。  青いバラの奇跡。それはたぶん、僕にとっての耕平くんだ。 「残念だけど、僕は簡単には死なないんだ」 「なんて素敵な恋人なんだ!」  恐れ疎まれる存在でしかない僕をそうやって力いっぱい愛してくれる君に、まだなにが返せるかわからないけれど。  せめて。  いつか本当に花に触れるようになったら、耕平くんに赤と青のバラを返そう。  愛情と奇跡。  こんなにも二人にぴったりな花言葉は他にないでしょう?

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