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第1話 2019年5月の寒い日
随分と弱っている。
そう思ったのは、偶にネット上のSNSのなりきり、と言うキャラクターになりきってメッセージで話すゲームで知り合った子だった。
毎晩の様に話す間柄ではあったが、長い時間話すのはこれが初めての事だった。
『僕の住んでいる所に来ますか? なんてね。冗談』
彼の言い出した事に、最初はネット上の何処かのサイトかアプリか、そう言った話だと思っていた。
『行くよ』
私は即答した。
『本当に? 本当に来てくれる?』
『嗚呼、本当だとも』
そうしたやり取りを続けて行く中、彼の事を色々と聞いた。
20代前半、中国地方住み。実家住まいらしいが、母と兄しか居ないらしい。
馬鹿で軽率な私の事である。ネットで早速私の住む東京と彼の住む場所を繋ぐ夜行バスの料金を検索した。
片道5700円。
次の給料が出たら行ける金額だ。
『ねえ、いつ来てくれますか?』
『ええと、6月半ば過ぎ、かな』
『きっとですよ』
『うん、うん』
そんな話をしつつ、私はネットと現実とが融合する不可思議な感覚を覚えた。
『貴方と一緒に暮らしたい』
彼がそう言ったのは、何が切欠だったか。数時間に及ぶやり取りの中で、ふと戯れの様に出された提案に私は夢中になった。
『良いよ。東京にお出で。来年だ』
私の仕事が順調に行けば、彼一人位養うのはどうにかなってしまう。
『貴方の名前を呼びたい』
そう彼は言ったので、私は『エゴだよ』と答えた。
『君の名前を聞いて良いかい?』
と聞いても、彼は名前を明かさなかった。
『好きに呼んで良いよ。その名前に僕はなる』
暫し考えて、私はこうタイピングした。
『かおる』
『かおる? 僕の名前はかおる……』
少しのタイムラグが発生されて、彼が悩んでいるのかと思い、嫌なら他の、と言いかけた時、
『かおるなら、風と書いて欲しい』
『風?』
かぜ。飄々とした彼には相応しいのかもしれない。
『良いよ。風。今日から君の名前は風だ』
『風とエゴ。ふふ』
ネットの世界越しに彼は嬉しそうな笑い声を洩らした。
『風、ねえ、風って呼んで』
『風』
『エゴ』
何度もそうして繰り返し、夜が明けた。
彼は起きたら病院に行くそうだ。精神科に通っているらしい。私よりも軽度の精神疾患を患っているらしい。安定剤が欲しいと言っていたので、私が飲んでいるのと同じデパスのジェネリック医薬品を勧めておいた。
彼の声を聴いたのもその日が初めてだった。明け方、そっと声を殺して無料通話アプリで彼と通話した。とてもたわいない内容でもう覚えてすらいない。
「10時には起こすよ。お休み」
そう言って通話を切ったのは7時過ぎ。
少し眠るか。
そう思って目覚ましを掛けて横になった私は、9時52分に起きてしまった。鳴らない目覚ましを消して、緊張に固くなった身体を煙草で少し解し、彼にメッセージを入れた。
『起きてるかい?』
9時54分の事。
彼から『お早う御座います』と返って来たのは10時35分の事だった。
『起きたら、エゴが居る』
そう嬉しそうにメッセージが来た。
『居るよ。私は約束したからね』
彼――風――は、着替えて車に乗ると言う。いつもの時間通りだと。
眠気が覚めた私は風とよく話した。
風に小説を書く事を勧めたのは、彼が帰って来た夜の事だった。
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