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第1話
「キミ…番 がいるんだよね?」
「それ、どういう意味で聞いてるの?」
昼下がり、人通りの多いラブホテル街近くのカフェのテラス席で、和哉 は初対面のβと面白くもない会話を交わしていた。
チラチラと見られるのも気にせず、和哉は試すように言った。
「僕の体調を気遣ってるの?それとも不倫を咎めているの?」
和哉は日本人の割に、全体的に少し色素が薄い。
栗色の少し癖のある髪が顎くらいまであって、瞳が大きいのか、顔が小さいのかはたまたその両方か、長い睫毛に覆われた円らなそれは、顔の多くを占めているのではないかと思うほどだ。
年齢も22歳になったというのに、見た目のせいか10代に思われることばかりで、子供の頃から「天使のようだ」と言われていた。強いて難点を挙げるとすれば、色素が薄いからか、近くで見るとそばかすが少々目立つのだが、ともすると美少女と見間違われそうな外見は、大通りではかなり目を引く。
「んー…君のことを想って、だよ」
誤解している人が結構いるのだが、番がいても発情期以外ならば普通に他人とセックスができる。
ただ、発情期以外はほぼ妊娠しないから、子供がほしいなら番とするか、ひどい苦痛の中で他人とするか、どちらかを選ばなくてはならない。
――あ〜あ、またか。
和哉は番のいるΩである。
その証拠に頸にはくっきりと相手の歯型が残っている。
若くして立ち上げた会社が急成長を遂げ、今様々な業界から注目されている社長だ。
切れ長の目が印象的な整った顔の男だが、メガネの奥の表情が変わることは滅多にない、感情のないような人間。
それが和哉の番である佳毅 である。
しかし、番であっても佳毅との間に愛はない。
その証拠に、佳毅はあまり二人の家に帰宅しない。和哉が起きているうちに、となると、尚更数えるほどしかなかった。
仕事が忙しいのはわかるが、いくら忙しいと言えどもこれほど帰ってこないのはおかしいし、和哉の住む家以外にもマンションを持っている雰囲気があった。
じゃあ、和哉は佳毅にとって、何なのかというと、ブランド物のバッグみたいなモノだ。
Ωは滅多に生まれない希少種で、またαとの子を孕むとαの子を産みやすい。
これは科学的にも立証されている。
だから、生まれたときに親から引き離し、国が保護する決まりになっている。
もちろん、表向きは強制的に引き離すわけではない。
しかし、Ωが生きる上で必要な抑制剤等々には保険が利かず、驚くほどの値段がする。
Ωを引き渡せば、その補償に家には莫大なお金が入ることもあり、ほとんどのΩは赤子のうちに親元を離され、「天国 」という施設で育つのだ。
天国 で育った子は皆一様に天羽 という姓を与えられるが、それを利用することはほとんどない。
なぜなら、そこを出るときは、番となる人と婚姻関係を結んだときだからだ。
天国 のΩを番にすること。
それは、社会的地位のあるαにとって一種のステータスであり、またαの子孫を残すための大事なツールでもある。
和哉も例に漏れず、そうやって佳毅と出会い、番となった。
だから、佳毅は和哉がどこで何をしていようとも気にすることはない。
他の人の子を孕むようなことさえしなければ。
それゆえこうして、適当な人を捕まえては誘惑してみるのに、いざ事に及ぼうとすると皆一様に拒む。
和哉のαがどんな人物か知らずとも、Ωを番にできるほどのαのものに手を出すなど、冷静に考えれば恐ろしくて…というのが本音なのだろう。
「わかったよ…他の人探す」
バイバイ、そう言い残して立ち上がろうとしたときだった。
「和哉、こんなところで何をしている?」
よく知っている、感情を一切排除した冷たい声。
向かいのβはかわいそうなほど青ざめて震えていた。
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