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第2話

普段車の運転は専属の運転手にさせているはずなのに、なぜか今日は運転手はおらず、佳毅が車を走らせていた。 そのまま自宅へ連行されると、半ば引きずられるようにしてマンションへ入れられる。 身長も体格も和哉よりずいぶんと大きい佳毅に、力でなど敵うはずがない。 「…和哉、もう一度聞くが、あんなところで何をしていたんだ」 ソファにどさりと座らされると、強い語気で再び質問された。 全て凍てつかせるような冷たい声。 自分が悪いなどと思っていなくても、震えそうになるのを必死で堪えて、和哉は挑発的な言葉を吐いた。 「…あなたのお飾りが他の男のモノになるってどういう気分?」 「和哉。何を言っているんだ。質問に答えなさい」 「佳毅に何の関係があるの?」 「あるに決まっているだろう。お前は私の番なんだ。他の男と」 「ラブホの前にいるのを、どっかの社長仲間に見つかったら格好悪い?そうだよね。Ωの管理も碌にできないやつが…」 「和哉!」 初めて聞く佳毅の大きな声に、和哉はびくりと体を強張らせた。 「…あ、怖がらせるつもりはないんだ…悪い…」 額を抑えるようにしながら、そう言い訳するが、佳毅は間違いなく苛立っていた。 「あ…あなたに…何か言う資格なんかあるの…?」 震える声を絞り出すように和哉が言う。 「ちゃんと…ちゃんと子供なら産みますよ!それが僕の仕事なんでしょ?!わかってるから!他のことは指図しないでよ!!」 「和哉、落ち着け…」 この人はいつもこうだ。 冷静で理知的でいつも自分が正しいという顔をして。 「何が不満なんだ。私はお前に何かを強制したことも、制限したこともないし、金だって不足のないように渡しているだろう?好きに…遊んでもらって構わないが、貞操観念はしっかりしてくれと言いたいだけだ。万が一…」 番になったΩに対し、外出や他人との接触を制限するαは少なくない。それは身の安全のためもあるかもしれないが、意識的に明確な上下関係を築きたいからだろう。 そういう意味で、確かに佳毅は放任主義だった。 だが、言い方を変えれば、和哉に興味がない、そうとも取れた。 「他のやつの子でも孕んだら事だもんね…」 捨て台詞のように和哉が吐くと、佳毅は不快感を露わにし眉を顰め、諦めたようにハァ、とため息を吐いた。 途端、和哉の胸の内にぐっと押し寄せるものがあって、鼻の奥がツンとした。 「僕が…僕が…」 そこまで言って、はっと口を噤む。 何を言おうとしたのだろう。 「何だ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。できる限りのことはしよう」 もう疲れた、と言わんばかりに両手を組みながらソファの和哉を見下ろす。 堪らなかった。 「僕がこの広い家で、どんな気持ちで一人でいたか、考えたことある?!」 「和哉…?」 「佳毅には、いろんな場所があるんだろうね。色んな人と慰めあってるんでしょ?なのに…たまに帰ってきて、優しくしないで…。僕には結局、佳毅しかいないんだって思うと、惨めで…もう、全部元に戻してよ!」 その言葉に、佳毅の顔が、あの、感情をどこかへ置き忘れた機械みたいな人間の顔が、悲しげに歪んだ気がした。 「何も知らなかった頃の僕に…!」 天国にいた時。 本当に何も知らない無垢な子供だった。 あの日、佳毅が目の前に現れるまで−−。

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