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第4話

それから一週間、こんなに近い距離に居ながら俺たちは顔を合わせていない。 俺は和葉を好きなのか。その答えに真剣に向き合うのが怖かった。 なによりも今の関係が壊れて失われることが恐ろしかった。 『いつまでこうして居られるのかなって、考えたら寂しくなった』 そう言った和葉の言葉が今なら分かる。 なら何で自分から関係を変えようとしたんだ。耐えられなくなったのか。 和葉にはどこか切羽詰まった様子があった。 「ああ、もう。訳わかんねえ」 会って話をしなきゃいけないのは分かってるのに。 「悠ー。お昼だよー」 居間から母ちゃんの呼ぶ声がして俺はのっそりと立ち上がった。 「悠、悠、すごい話聞いちゃったよ!村長さんやっぱりαだったんだよー」 食卓に座るなりテンションの高い母親にげんなりする。 「またその話ー?」 「違うの、いま村長さん家に大学生のお孫さんが遊びに来てるんだって。すごいイケメンでね、その子もαなんだって」 どうやらその孫が別段隠さなかった為にαという事が判明し、それでおそらく村長もαなんだろうという話らしかった。 「αの知り合いなんて居たら心強いんだから。あんたもお近づきになりに行きなさいよ」 その口ぶりが妙に引っ掛かる。 「あんたも、ってナニ」 「さっき和ちゃんが一緒に喋りながら村長さん家の方に行ったの見たって、長谷川さんが言ってたのよ」 「──何で和葉と!?」 「知らないわよ。でも年が近いし話が合ったんじゃない?だからあんたも──」 嫌な予感がした。──違う、嫌な予感しかしなかった。 最近様子がおかしかった和葉。しかも突然現れたαに着いて行った? もしかしたら……頭に浮かんだ考えを振り払う。 いくら振り払っても霧散するだけの思考は、また同じ形になって意味を成す。 気が付いたら家を飛び出していた。村長さんの家まで脇目も振らずに全速力で自転車をこぐ。 頭の中では、ほとんど確信していた。 ──もしかしたら和葉はΩなんじゃないのか? 和葉がΩだろうが何だろうがどうでもいい。問題なのはΩがαに着いて行ったことの意味だ。 絶対に和葉が誰かのものになるなんて嫌だった。自分でもどこにこんな頑なな感情が眠っていたのかと驚くほどはっきりと強く感じた。 村長さんの家の前に自転車を乗り捨て大急ぎでインターホンを押す。 少しすると村長さん自身が玄関まで出てきた。 「高鳥和葉、来てませんか。大至急、用事があるんです!」 温和な笑みを浮かべながら村長さんは玄関から右手を指差す。 「それならさっき孫と帰ってきて、今は離れにいるよ」 「済みません、お邪魔します!」 俺は了解も取らずに離れの建物に走った。玄関は引き戸で手を掛けるとガラガラと開いた。 入ってすぐの襖の部屋から布ズレの音と人声が聞こえた。 「違う。そんな、そんなつもりじゃ、無理です!……や、嫌だ……って──!」 明らかに和葉の抵抗する声だった。 頭に血が登った俺は駆け寄って襖をバンッと開いて叫んだ。 「っざけんな、和葉から離れろっ!」 目に入った光景をきっと俺は忘れることが出来ない。 半裸にされて男に組み敷かれ、泣いている和葉の表情を。 「……随分、失礼な子だね。知り合い?」 若い男が和葉に向かって尋ねる。 「悠、真……な、んで……」 「なんでじゃねえよ!なにそんな奴に着いてってんだよ!いいからこっち来い!」 和葉は驚きのせいか動かない。 「あー。きみ彼氏くん、だったりする?」 「そうだよ!だから手え出んじゃねえ!」 男は余裕たっぷりの笑みを見せて和葉から離れた。 「こんな辺境に発情期のΩが居たからつい連れてきちゃったけど、彼氏ならちゃんと面倒見てやんなきゃダメじゃん」 俺は和葉に近寄って乱れた服を直してやる。悔しいが何を言っても言い訳になるので男を睨むのが精一杯だった。そして和葉の手を掴んで離れを出る。 二人して無言のまま俺の部屋まで帰ってきた。 俺はもっと早く自分の気持ちに向き合っておくべきだったと後悔した。 Ωだと知った今になって告白しても和葉は俺の気持ちを100%信じ切れないかも知れない。多分自分が惑わせているんだと思い込む。 だけどもう決して、さっきみたいな思いはさせたくない。 「俺は和葉が好きだ」 「それは……」 「違う。勘違いじゃない。惑わされてるんでもない」 否定的な響きを含んだ和葉の言葉を即座に遮る。 「まだ何も言ってない」 和葉が苦笑した。 「……悠真、俺Ωだったよ」 「──うん」 「Ωとβは番になれない」 「お前はαと番たいの?」 「──そんな訳ない!俺も…俺だってずっと悠真が好きだった。悠真じゃなきゃ嫌なんだよ」 だったら何も問題ない。俺は和葉の身体を抱き寄せた。 「たとえ番になれなくたって一生傍から離れなきゃ番と同じじゃん。おれ護るから。一生、和葉のこと護るから。だから、ずっと一緒に居ろよ」 きっとこれから大変な事は沢山ある。 「っは、悠、真……っ、こんな、時なのに、おれっ……」 触れている和葉の体温がどんどん上がっていく。あの男は和葉が発情期だと言っていた。 自分がΩだと知ったばかりの和葉は対処法なんて分からないだろう。 当然俺だって良く分からない。でも──。 「それも含めて俺が護ってやる」 「悠真……おれ悠真と一緒に……一生ずっと、居るよ。ずっと傍に、居て──」 その想いがあれば十分だ。 「居よう。ずっと一緒に」 俺は自分の身体も熱くなっていくのを感じながら和葉に口づけた。

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