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第3話
その夜は夏休みに入った日恒例の、砂浜で花火大会が行われた。
大会といっても俺と和葉の二人だけ。始めたのは小学校の頃だったから本当に恒例だ。
花火をするといつも線香花火が最後に残る。けれど俺たちは、その物哀しい火花で終わりを感じるのが嫌で『今回こそは線香花火からやろう』と毎回決めるのだが、その決意が実行された試しがない。『夏休みだ!花火だ!イエーイ』というテンションのまま、結局派手なものから消費してしまう。
そして今日もまた同じことを繰り返した。さっきまでの眩しい花火の光彩が網膜に焼き付き、目を閉じてもまだすぐそこにあるようで、それが終わってしまった感を増幅させる。
細い花火に火をつけ頼りなく散る花びらを黙って眺めていると和葉がすぐ隣までやって来た。
「近くね?」
腕が触れ合う距離に、感想としてそう言った。
「近付いたんだよ」
言っている間にポトリと火種が落ちた。またすぐに火をつける。
そして和葉は更に近付いて来た。ほとんどぴったり寄り添っている。
「いや、さっきより近くね?」
「だって終わるの寂しいじゃん」
「まあ、分かるけど。また、これ最後に残しちゃったもんな」
「それもだけど……いつまでこうして居られるのかなって、考えたら寂しくなった」
急にそんな事を言い出すのはおかしい。俯いた和葉の表情を確かめようとして覗き込んだ途端、最後の火種が潰えて辺りは闇になってしまった。
「なんでそんなコト考えんの」
「なんでかな……」
声からは何を思っているのか良く分からなかった。何かに落ち込んでるんだろうか。
「お前さあ」
仕方がないので俺なりに励ますことにした。
「俺たち高二だよ、夏休みだよ?進路や卒業なんかまだ一年以上先なんだよ?今が一番楽しい時だろ。寂しがってる暇があるかっての」
「悠真は、いつも強いね。──憧れる」
「はあ?」
そんな風に褒められたことは未だかつてない。思わず間の抜けた声が出た。
「あはは」
和葉が笑って浜辺に寝転んだ。
「砂まみれになるぞ」
「もう遅いよ。悠真もまみれろっ」
そう言うと和葉は俺の腕を後ろに引っ張った。
バランスを崩して和葉の上に倒れそうになるのを手をついて踏み留まる。
「危ねえよ!おまえ潰されるとこだぞ」
「……それで、良かったのに」
囁くような声がしたが波音でよく聞こえなかった。
「悠真、なんか背中が痛い」
和葉がそう言い出した。後ろに手を回しているが届かないようだ。
「どこ?」
「背中。真ん中の方」
和葉を抱え込むように手を差し込んで探ると、硬いものが手に当たった。
取り出してみると巻き貝だった。
「尖った方が上向いてた。コレ刺さったら痛えよな」
笑って和葉を見ると貝ではなく俺を真顔で見つめている。
そして思った以上に至近距離まで顔が近付いていた。
これでは人に近いとか言えた立場じゃない。
離れようとすると下から伸ばされた和葉の腕が、首の後ろに回された。
「おい、和葉?」
「……悠真は俺に、なにも感じない……?」
「なに言って──」
突然、平衡感覚が狂ったように眩暈がした。
そして鼻腔に絡みついてくる、むせ返るような甘い匂い。匂い、といって良いのか分からないがソレは前にも感じた。──和葉が熱を出した時だ。
「気付く前に言えば良かった……。俺ずっと前から……」
頭がクラクラして和葉が何を言っているのか理解出来なかった。けれど和葉は言葉を切って、それ以上は喋らない。代わりに腕を引き寄せて自分の唇を俺の唇に重ね合わせた。
俺の中で突然、火が点いたように凶暴な欲望が沸き起こる。その欲望のままに一度触れ合った唇は容易に引き剥がすことは出来なかった。柔らかく熱いその感触を貪るように求める。口を開かせその奥まで舌で入り込み、絡みつけ舐め上げた。
「……っ、は、あ……」
「ふ、ぅ……ゆ、まぁ……」
嵐のような感情は収まるどころの話じゃなかった。
それでも無理矢理に理性でねじ伏せ、顔を離して荒い息をつく。
「ちょっと、待て……これ、なんか色々すっ飛ばしてねえか……」
「……俺が、悪いんだ──」
低い声で和葉が呟いたと思うと、俺を突き飛ばして家の方へ走って行ってしまう。
追い掛けるつもりが自分自身でも今起きたことの整理がつかず足が動かなかった──。
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