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第2話

「恩田」 帰りのHRの後、担任から声を掛けられる。 「これ授業で配られたプリント。高鳥に渡して貰えるか」 そして4、5枚の紙を渡された。 「了解。ちょうど俺も様子見に行くつもりだったとこ」 「おうよろしくな、気をつけて帰れ」 和葉は昨日から熱を出して休んでいる。夏風邪だと聞いていた。 テスト直前なので先生も気にして、俺にプリントを頼んだんだろう。 学校から帰ったその足で和葉の家に向かう。 玄関に立つと庭で洗濯物を取り込んでいる和葉の母が見えた。 「おばちゃん、和葉にプリント持ってきた」 「ああ、悠ちゃんありがと。和もさっき起きたから上がってく?」 「うん」 ドアを開けて靴を脱いでいると、器に盛った桃をお盆に乗せて持たせてくれる。 「これ二人で食べな」 「サンキュー」 二階にある和葉の部屋に上がっていく。小さい頃から行き来しているので自分の家のように馴染みきっている。俺は部屋の前で声を掛けた。 「和葉ー。入っていー?」 「……悠真?……うん、いいよ」 声が少し掠れているように聞こえた。肩で扉を押し開ける。ベッドに起き上がった和葉が少し赤い顔でこちらを向いていた。まだ本調子のようには見えない。 「おまえ大丈夫か、今も熱あんの?」 勉強机の上にお盆を乗せてベッドに腰を下ろし、和葉の額に手のひらを当てた。 「──っ、ん」 和葉の身体が一瞬、強張って吐息を漏らした。そのあとやけに潤んだ瞳で俺をじっと見る。 「あれ、思ったより熱くねえ。でも顔赤いし涙目になってるもんな。まだ寝てる?辛いならおれ帰ろっか?」 「……待って」 立ち上がりかけた俺の制服の裾を、和葉の手が掴んで止めた。 「おれ平気だから──帰んないで」 その表情が、あまりに思い詰めたものだったので俺は向き合って和葉の頭をそっと撫でる。 きっと熱で気が弱ってるんだろうと思った。 「そんな顔すんな。だったら帰んねえよ」 俺は机に手を伸ばして桃を取る。器の一つを和葉に渡して訊く。 「おばちゃんがくれたけど、食える?」 「うん」 ゆっくりとした動作で和葉が桃をフォークで刺す。フォークを口元に運ぶ和葉の手が、少し震えているように見える。よく熟している桃はただでさえ滑りやすい。覚束ない手つきを不安に思ってそのまま見守っていると、桃を口に入れる直前でフォークを取り落としそうになった。 「……っぶね」 和葉の肩と手を掴んで、落とす前に支える。 「ごめん。ありがと」 「いいけど、お前ホントに大丈夫?」 一旦、桃を皿に戻して俺は言う。 「平気……じゃなかったら、悠真がこれ食べさせてくれる?」 かすれた声の和葉が、覗き込むように俺の目を見つめた。 「──え?」 唐突に桃の甘ったるい匂いに、むせ返るような感覚に襲われた。 さっきから香ってた筈なのになんで──いや、これは本当に桃の匂いなのか。 「……いいよ」 和葉の視線から逃れられないまま俺は応えた。 差し出された器を受け取って、一口サイズに桃を切る。 「口、開けろよ」 果汁の滴る桃を和葉の口元まで持っていき、促す。 開かれた口から覗く、濡れた赤い舌がいやに艶かしく見えた。 その中にフォークを運ぶ。俺は咀嚼する口元から目が離せない。 「うまい?」 「うん……おいしい」 何もおかしな事はしていない。病人に果物を食べさせているだけなのに何かとても後ろめたい事をしているような気分になった。和葉が口を開く度に身体の中が沸騰するように熱くなる。 「なんか今日のお前──」 変だと言おうとして、それは余りに失礼だなと思い直す。相手は病人だ。 それにどちらかというと変なのは俺だ。 「ゆ、んっ……」 和葉が何かを言おうとしたタイミングで口に桃を入れてしまったので、上手く受け止められなかったようだ。 口の端から一筋、果汁が溢れる。それを俺は人差し指の背で拭った。何故かそうすることが自然に思えた。それを見た和葉は躊躇いもせず、その指を口に含んで舐めた。 「和葉っ」 驚いて声を上げると、上目遣いに俺を見てから和葉は指から口を離した。 「それアウトだろ」 「……だったら、指で口拭くのもアウトだと思うけど」 「そうか?」 「そうだよ」 「……じゃあセーフって事にしとくか」 「悠真、自分に甘い」 そう言って和葉が笑った。 少し和葉が元気になったようで俺も安心する。 そして翌日には熱も下がった様子で、いつも通りに登校してきた。

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