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第1話
思い返せばあれはなんだったのだろう。
恋も知らないあいつに翻弄された一瞬
そう、あたふたしていたのは俺だけだったのか?
あいつの初恋…だったのだろうか?
優は俺の生徒、中3だ。いつからか俺のところに来るようになった。
そもそも優との出会いはたまたまだった。
あいつの受け持ちの先生が出張のため、空き時間である俺が代打で授業をしたのだ。
明らかにつまらなそうに頬杖ついて、数学に興味がないのか、嫌いなのか、どうなのか見回りついでにノートを覗き込んで見た。
「おっ、早いな!どれどれ。。
うむうむ、おーよーし!正解だ!!
えーと、花房優か、
うんおまえの解き方は美しいぞ」
驚いたことにもう解き終えていて、しかも正確でわかり易く整ったノートだった。俺はなんだか嬉しくて思わず柔らかそうな髪を撫でていた。
でも接点はそれだけだったのだ。受け持ちクラスでもないからそれ以降は会うことはなかった。それがある日、優から教科室へやってきたのだ。
トントントン
『失礼します。橘先生はいらっしゃいますか?』
ドアを叩く音は元気なのに少し緊張した声が聞こえてきた。
「どうぞ」
俺は声のする方向へ顔を向けた。
この間の授業でキレイに解いていた優が立っていた。
俺に数学を教わりたいと、受け持ちじゃないから断ったのだがいやに熱くお願いする優の真っ直ぐな眼差しがくすぐったくもあり、解き方に興味もあったので受けることにしたのだった。
それからというものちょくちょくこの教科室に来ていた。
今日もいつも通り優からの質問を受けている。
ちょっと反抗的な態度
でもどこか甘えてくる、ちゃんと俺を見てろって語りかけてくるその瞳
思春期ってやつか。
毎年毎年何人かそういう奴は出てくる。
不安定な心の成長
時に大人びて時に子どもにかえる
そんな都合のいい感情に揺さぶられるのはたまったものではない。
だいぶ慣れたと思っていても
不意打ちにあうとよろめくこともある。
優はいつも俺をおちょくって先生とは思っていないらしい。
気まぐれに教科室にやってきては数学を質問する。
ちょっと甘いマスクだが大人しく地味に見える。本人的にはクールを決め込んでるつもりのようだが…幼さも残っていてかわいいやつだ。
人の話を頬杖ついてじっと聞いている。おいおい先生が説明してるんだぞと心で舌打ちをする。
徐ろに目の前のモノに目が止まる。。
あ〜なんて白く細く、しなやかな長い指なんだ。少し節が目立つ大きな手。
キレイだ‥。こんな手みたことない。
説明しながら手ばかりに気を取られ、ココロまでも奪われていく。
どうやら俺は手フェチらしい。
『なに?』
不意に話しかけられ、慌てる自分を気付かれないように冷静を装い
「いや、なんでもない」
ゆっくりとそう答えるのが精一杯だった。
それからというもの、優が来るたび手の動く方へと目が泳ぐ。じっと見つめてしまう。この手で触れてみたい‥この衝動をどう抑えたものかと別のことを考えてみたりする。
優が問題を解いてる時は思いきり存分に眺められる。ちょっとした至福の時。
わざと難解な問題を出したりしてみて、ほくそ笑みながらバレないように眺める、いや愛でる。
自分が変態なんではないかと疑うほどだ。
しかし優はなぜここに来るのだろう?
ある時ふと気づいた。
特に数学が苦手でもないと。
俺をからかいにきてるのか?単なる暇つぶしか??
全くなにを考えているのかわからない。
たまにじぃーっと見られてる時がある…気がする。その程度だ。
真面目に受験勉強に取り組まなきゃならないこの時期に優は少し素行の悪い子たちとつるんでいた。幼馴染らしい彼らと一緒にいて楽しそうには見えなかったので、とりあえず教師らしく注意はしておいた。
『そんなことはわかってる。俺はそんなにバカじゃない。あいつらと一緒にするな』
そう優は笑っていた。
俺達は短い時間を重ねただけだったが、お互いの距離は縮まっていた。
だから俺はごく自然に下の名前で呼ぶようになっていた。
ちょっと意地悪したかな?と思う難問に優がひとつのヒントだけで解けた時だったか
久々の高揚感に襲われつい口に出ていた。
「 優!凄いじゃないか!!よくやったな!」
『 先生のヒントで閃いたんだ!俺、やるだろ う!!
てか、先生今、俺のこと名前で呼んだ!?呼んだ??呼んだよね!!嬉しいな~』
この屈託のない喜び溢れる笑顔は俺の名前呼びの恥ずかしさまで飛ばしてくれたようだった。
それにしても無意識に名を呼んでいた。これはやはり不味いだろう。
俺の中で優の存在が大きくなっていることを自覚してしまった。
おいおい、相手は生徒だぞ!15歳だぞ!
常識的に考えればいろいろヤバいだろう。
しかも同性だ…優の将来を見ても俺から何かをすべきものではない。
あいつはまだ何もわかってないだろうから。
優との空間は心地いい。何がどうというわけではない。大した会話をするわけでもない。
ただそこに2人でいることに意味がある気がした。
そんな俺たちがあの日から変わったんだ。
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