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第2話

その日もいつものように過ごしていた。 優は問題を解き、俺はそれを珈琲を片手に眺めている。 カタッ‥ 優の使っていたシャーペンか床に落ちた。 それを取ろうとして優の手と俺の手が ぶつかった。 その瞬間ビビって電流が走ったような刺激が 手を貫き、驚いて手を引っ込めた。 今のはなんだ??なんなんだ??!! その刺激は胸にまで届いた。このドキドキはなんだ?こんな経験したことがない。 静電気かと思ったが痛みが違う。 優も心なしか驚いた顔をしている‥ように見えた。 いや、俺が驚いた顔をしているのか? 何が何だかわからず軽いパニックを起こしていた。 それからというもの優の態度がおかしい。 そわそわしている。 見られてると感じて優を見ると目を逸らされる。 なんだと思えば、次目があうときは見つめ返して来る。 そんな優の行動のひとつひとつに心拍数が上がる俺もどうかしてるなと思う。 歳の倍ほど離れているこの優に俺は何を考えているのだろうか。 気がつけば優のことばかり考えていた。 外で同い年くらいの子を見ると優かと探す俺がいる。 そんな自分に飽きれてふぅっと息を吐く。 一体どうしてしまったというのだろうか。たかが手が触れたくらいで。 そしてある晩 レンタル屋で偶然優と会った。優は友だちといたのに、俺は思わず声をかけてしまった‥ 「優、こんな時間にどうした」 あー俺はなんてマヌケなんだ。もっと気の利いたことが言えないものかと頭を抱えたくなった。 優は‥‥俺を一瞥して無視した。まるでお前なんか知らないと言うように。俺の横をすり抜けていった。 ショックだったらしい。俺は狼狽えてその場に立ちすくんでしまった。体の中からカァーッと熱いものがこみ上げてきた。恥ずかしい‥早くその場から逃げだしたかった。 だがそんな気持ちをおくびにも出さずそのまま店にいた。ふらふらと時間を潰すように、気を落ち着かせるように‥ まるで失恋でもしたかのような喪失感。会えた嬉しさの方が勝ってしまい思わず声をかけてしまった。あの年頃の子が一番嫌がることをしてしまった。DVDを見ても何も目に入って来なかった。 小一時間は経っただろうか、気を取り直して帰ることにした。 気の重さのまま店の扉を開け、駐車場へ向かった。 車へ行くと黒い塊が見え、何かと身構えた瞬間‥その塊が動いた。 「優」と名前を呼んでいた。 『先生‥』バツが悪そうに少し俯き加減で小さな声でそう俺を呼んだ。 俺はそれ以上言葉が出てこなかった。さっきの光景がフラッシュバックして体が強張ってしまっていた。情けない限りだ。 優は優でしどろもどろで 『いや、さっき先生が‥いた気がして。俺驚いてびっくりして‥あっ、忘れ物したと思って‥』 優は何を言っているんだ?そんな優を見ていたら俺のニヤニヤが止まらなくなって、さっきまでの気の重さはスーッと嘘みたいに消えていった。 俺もまったく現金なやつだな。 左手で優の頭をくしゃくしゃと撫で、そのまま俺の胸に押しつけていた。 優もされるがままで‥ても優の左手が俺の右手を握っていた。そこから不思議な安心感が広がり俺たちを包み込んでいった。 それはほんの数秒の出来事であったが、俺たちにはとても長く甘い時間だった。だが言葉はそれ以上何もなく、俺たちは日常へと戻っていった。 あれからも変わらず優は数学を聞きにくる。 前と違うのは俺に柔らかい笑みを向けてくれること。 そしてやたらと「恋」とはどんなものかと聞いてくること。 俺はそんな優がかわいくて曖昧に応えておく。 「恋」とは知らず知らずに始まってるものだと。どんなものかは人それぞれだと。 優が自分自身で気づいてくれ。 俺からは何もするつもりはない。倍以上歳が離れていて、教師と生徒で…何ができると言うのだろうか。 ただただ優を見守るだけだ。 見守るといいながら手の届く範囲に置いておきたい。その気持ちは抑えられなくて見つからないように繋ぎ止めている。 何たる矛盾…とても数学的ではないな。まるでわりきりない無理数のようだ。 でもいつか、いつの日か… 俺たちのことを『これって恋?』って聞いてくれ。 その時はちゃんと応えてやる。 「それが恋だ!」と。

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