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1 報告書の仕事
報告書作りを引き継いでほしい、とクタさんからお願いされた。
クタさんはもうすぐ長期の休暇に入る。「しばらくは出産と育児に専念する所存」とのことだ。いつも真面目そうなクタさんだけど、その話になるとはにかむように頬を染める。クタさんはとってもかわいい人だなあと思う。
それにしても報告書作りってなんだろう。
難しい仕事は困る。自慢じゃないけど俺には文才というものがない。
「大丈夫です。こちらの地域の人々の様子や日常を、短い文章にまとめて定期的に王宮の地方管理課へ送り付けるだけの仕事です」
王宮に地方管理課なんていう課が、そういえばあったなあ。と俺は久しぶりに前の職場のことを思い出だした。
俺はつい2か月くらい前まで、王宮の第3事務室で働いていた。だけど俺のいた第3事務室というところは、王宮でも端のほうのポジションで、雑用処理ばかりがまわってくるような課だった。王宮内の他の部署のことなど全然知らない。
「俺より文章がうまくて頭のいいひとに頼んだ方がいいと思います」
報告書の内容が悪くてお叱りを受けたり、職場の人たちが不利益をこうむる、なんてことになったら大変だ。弱気になって何度かそう提案したのだけれど、王宮への報告書作りは王国出身のヒトが望ましいらしい。
「悩まなくても大丈夫です。これはフェイクです」
「フェイク?」
「そうです」
あんまり不安になっていたら、クタさんが真顔で説明をしてくれた。
「重要な報告書類は本当は他にあるのです。あなたが作るのは諜報員を欺くためのフェイクの方の報告書です。というか、地方管理課はこの報告書を全然真面目に受け取りません。日記みたいなものだと思って気軽に送り付ければよいのです」
な、なるほど、納得がいった。たしかに重要な報告書類をこんな底辺職員に任せるわけがない。本当に重要な書類ならば他にあって、俺が書くのは形式だけの付属品みたいなものなのだろう。
「そういうことならば頑張ります」
半月に一度、簡単な日記を送りつけるだけの仕事。気楽にやればよいらしい。
「というわけなんだよ」
部屋へ帰ってから、同室者であるラグレイドに報告書の話をすると、
「いろんな仕事があるのだな」
ラグレイドは食後のお茶をゆったりと飲みながら「うんうん」と肯き聞いてくれる。
ラグレイドは、俺がこの地区へ異動になってやってきた2か月前から一緒に住んでいる黒豹の獣人だ。
ここ獣人地区では、魔力波長の似た者同士は、バディを組み共同生活を送ることを義務付けられる。そうしたほうが互いに魔力値や心身により良い影響を与え合うらしい。バディ相手は魔力管理事務所に選定され指示される。実際俺とラグレイドの魔力はとても相性が良く、俺は元気だ。
ラグレイドは見かけは猛獣じみていてちょっと恐いけど、心根はとてもやさしい人だ。俺の話にもこうして耳を傾けてくれるし、できそこないのΩである俺の体質も気にせず受け入れ、俺のことを好きだと言ってくれる。
「だから俺、これからいっぱい観察しなきゃ」
「観察?」
「うん。身近な獣人の生態についてもっとよく知ろうと思って」
ブホッ、ごほッ、ごほん、と珍しくラグレイドがお茶でむせた。
「そ、それでその、ペンと紙なのか?」
俺がさっきからメモ紙とペンを持ってじっとラグレイドを見ている理由を、ようやく悟ってくれたようだ。実は日記の題材に、ラグレイドのことを書こうかと思っていた。一番身近な獣人だし、一番書くのが簡単そうだし。
たった一人の獣人を見てすべてを理解したつもりになるのはよくない。と、ラグレイドは諭すようにそう言って、俺にペンと紙をしまわせた。
それもそうだなあと思う。ラグレイドのことを書くのは、本当にネタに困った時だけにしておこう。
じゃあ何を書いたらいいだろう。自慢じゃないが、俺には本当に文才がない。日記だって3日以上続いたためしがない。
報告書は半月に一枚書けばよい。次の月曜日までに所長さんに下書きを提出する。
まだ日にちはあるけれど、意外と書く内容に悩みそうだ。
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