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【番外編】For My Eyes Only
「えー? オナニーとセックスって、一人で小説を読むのと、二人でテーマパークで遊ぶのくらい、別物じゃない? と、僕は思ってるけど」
佐和はそう言いながら風呂上がりの髪を拭き、冷蔵庫から取り出した缶ビールに口をつける。その上下する喉の動きを見ながら、俺はうなずいた。
「俺も佐和と同意見だ。だから、一人でするときにパートナー以外の誰かの姿を見たり、思い浮かべたりしたら浮気だという考えに触れて驚いてる」
「世の中には多種多様な考え方があるね。僕たちは一致してよかったね」
ねー、と首を傾ける佐和と鏡写しに、俺も首を傾けたら、上唇に泡をつけたまま佐和が笑った。
「逆にそんな考えを知ったら、周防がどんな人から刺激を受けているのか、気になってきちゃった。周防の究極のプライベートだから、絶対に訊かないけど」
「訊いてもいいぞ。俺のお宝フォルダを見るか? 佐和しかいない」
「一人のときくらい、自由に楽しんでいいよ。僕も自由にしてるから」
残りのビールを一息に飲み干し、二本目の缶ビールへ伸びる手をつかまえて、俺は佐和の耳に口をつけた。
「フォルダの中身をもっと増やしたい。協力して」
佐和はくすぐったそうに笑いながらうなずいた。
「いいよ。どんな姿を増やそうか?」
「上に乗って、見下ろして。俺をコントロールしてほしい」
「相変わらずだね」
そう答える佐和の声は湿っていて、俺たちはビールの味がするキスを楽しみながら、ベッドへ向かった。
「結局、どんな動画よりも実際の記憶のほうが、生々しくてエロいよなぁ」
一人きりの車内でハンドルを抱え、自由に独り言を言いながら、俺は渋滞する車列の中にいた。ハザードランプを点滅させる前の車について、自分もハザードランプのボタンを押し、速度を落とす。そのまま徐行が続いたが、トンネルの手前でぴたりと動かなくなった。
「なんだ? 事故か?」
前の車のブレーキランプが消えて、俺もギアをパーキングに入れ、パーキングブレーキをかけた。静かになった車内に、カート・コバーンのかすれた歌声だけが流れる。
「この先はカーブした下り坂で、事故は起きやすいけどな」
カーナビの画面を見て、自分の車の位置に渋滞を示す赤いラインがついていないことに気づいた。画面を切り替えて交通情報を確認してみたが、何も表示されていない。
「山間部だからなぁ。電波が届かないか」
緑の山々を見回し、もう一度カーナビへ視線を戻した。やはり地図には何の変化もなかった。
「事故の割に、救急車もパトカーも、黄色いパトロールカーも、何も来てねぇな」
耳をすませてもサイレンの音は聞こえない。
ミラーを見る限り、路肩をふさぐ物は何もなく、緊急車両が通る道は空いているように思える。
「自然渋滞にしちゃ、動かな過ぎじゃねぇか?」
前後左右、見渡す限り車で埋めつくされていて、不意に閉塞感を覚えた。
じっとしているのは苦手なたちだ。意識して肩を上げ下ろし、深呼吸をした。
今日は前乗りで、予約したホテルに一泊するだけだ。誰とも時間の約束はしていないから、焦る必要はない。そう自分に言い聞かせ、もう一度、深呼吸をして、助手席に放り出していたスマホに手を伸ばす。
「こういうときは佐和に限る。もう打ち合わせは終わって、席に戻ってる時間だな」
眼前に広がる渋滞の景色をカメラに収め、メッセージをつけて送ろうとしたとき、スマホが震えた。
「お、佐和からだ。以心伝心だな」
通知欄をタップして確認したメッセージは、一時間も前に送信されていた。
『大規模通信障害発生。そっちは大丈夫? こちらはお手上げ。できることはほとんどないから、さっさとサーバー落として、交通機関が混雑する前に全員解散。僕も帰る』
メッセージを読んでラジオをつけたら、臨時ニュースが流れていた。
『本日午後三時五〇分頃に発生した大規模通信障害により、交通機関に遅れが出ています。また、一部の道路では信号機が正常に作動しない状態となっており、警察官による交通整理が行われています』
俺は小さく口笛を吹いた。
「まっじかー。俺がのんびりカート・コバーンを気取ってるあいだに、世の中激変じゃねぇか。俺みたいなやつが、何も知らずに平和にコーヒーを飲みながら、最後まで生き残るんだろうな」
わずかに残っていた缶コーヒーを飲み干し、あらためて周囲を見まわす。
どの車の中でもスマホを見たり、ラジオの操作をしたりして、情報を集めているようだった。
『高速道路ではETCシステムに障害が出て、一部の区間で通行止めになっています』
「そうですか。そりゃ、ビタイチ動かなくなりますよね」
ラジオの声に相槌を打ち、前方を見たまま大きく伸びをした。
通行止めが解除され、目的のホテルにたどり着いたときには、頭上に星空が広がっていた。
「明日は中止、か」
会合予定だった取引先の社員がホテルまで届けてくれたという手紙を、フロントで渡された。便箋に綴られた手書きの文字を見て、結局、一番強いのはアナログなんだよなと思う。
「仕事が中止になったので、東京に帰ります。部屋はキャンセルでお願いします」
本来なら100%のキャンセル料金を支払うべきだが、ホテル側からこんな事情だからと無料にしてくれた。せめてものお礼の気持ちで、ホテル内のレストランで夕食をとり、ペストリーショップで明日の朝食用のパンやジャムを大量に買い込んだ。
「最近、佐和は毎日チートデーだからな。クロワッサンもデニッシュも、シナモンロールも食うはず。佐和はもう少し太っているくらいがちょうどいいんだ」
そうだ、そうだ、ぽっちゃり佐和だって最高に愛おしい! と俺の中の全俺が拳を振り上げるのを感じながら、手提げ袋二つ分のパンを買った。
『明日の会合は中止。パンを買って帰る。自宅到着は24時頃の予定』
まだ通信の状態は不安定だ。夕方頃に送られたメールがようやく届いたり、何の反応もなかったりで、このメッセージも届くかわからないが、何も送らないよりは愛が伝わるというものだろう。
「俺が帰ったあとにメッセージが届いたっていい。この時間にも、この場所からも、俺が佐和を思っていたっていう事実が伝われば、それでいいんだ」
通行料は後日支払いという緊急措置でETCレーンが開放されてからは、車の流れはスムーズになっていた。カーラジオから流れる歌を知ったかぶりして歌いながら、順調に東京へ戻った。
レジデンスの駐車場に車を停め、ビジネスバッグとパンが詰まった手提げ袋二つを抱えて、エレベーターに乗り込む。
帰宅予告のメッセージは佐和に届かなかったようで、既読はついていなかった。
「急に帰ったら、驚くかな。『おかえり、周防』ってハグしてくれるかも。いや、もう寝てるか」
俺たちは、朝活にはまるで興味がない夜更かし組だが、昨夜はあまりに楽しくて夜更かしをしすぎた。佐和は何度も遂げて体力を使っていたし、今日はもう寝ているかも。
そっとカードキーを使い、音を立てないように少しだけドアを開けてのぞいてみれば、すでに部屋の中は暗くなっていた。やっぱりな。
俺は静かに部屋へ上がり、書斎にビジネスバッグを置いて、忍び足でキッチンに向かった。キッチンだけは明かりをつけっぱなしにするのがルールで、俺は白い光の中、細心の注意を払って、パンが詰まった紙袋を作業台に置く。
ネクタイを外して左手に持ち、右手でワイシャツの前ボタンを開けながら寝室へ向かうと、すすり泣くような声が聞こえた。
「佐和? 何があった?」
一気にドアを押し開き、寝室へ駆け込もうとして、直前で思いとどまった。これは、俺が見てもいい泣き顔だろうか。もし見られたくないような悔し涙なら、泣き止むまで書斎で待ったほうがいいかもしれない。
今日は朝から別行動だったし、通信障害の影響で日報も読めていない。佐和の身の回りで何があったのか、まるで見当がつかなかった。
寝室のドアは少し開いていて、満月色のスタンドライトの明かりがリビングの床まで細長く伸びている。
「……おう、すおう……」
「俺?」
俺、何かしたか? 佐和を泣かせるなんて、あるまじきことだ。高速で記憶をたどった。
楽しみすぎて睡眠時間は短かったが、存分に愛を確かめ合い、身も心も満たされて、今朝の俺たちはむしろ上機嫌で一日を始めた。
玄関で互いにいってらっしゃいのキスをして、佐和の執務室で擦り合わせをし、「今日もよろしくお願いします」と握手を交わして、それ以降は別行動だ。俺は取引先を三軒回ってから、高速に乗り、渋滞に巻き込まれて、帰ってきた。
その間、仕事で意見をぶつけあったり、機嫌の悪いタイミングで話しかけて被弾したりもしていない。
「やばいぞ。まじで何も思い当たらねぇ……」
「……っ……きて、周防」
帰ってきて、周防。だろうか。それなら俺はもうここにいるぞ。寂しくて泣かせるなんて、周防がすたる。すぐ馳せ参じなければ!
そう思って寝室のドアの隙間から見た光景に、俺は両手で強く口をふさいだ。
淡い明かりの中、佐和は全裸でフローリングの床にひざまずいていた。
俺の枕を抱きしめ、そこへ顔を埋めて、甘い声を上げている。床には見覚えのない玩具が吸盤で固定されていて、佐和はその上にまたがり、ゆっくりと腰を動かしていた。
「……周防……」
もう一度、はっきり俺の名前が呼ばれた。
全裸。
俺の枕。
見たことのないオモチャ。
それを使って、一人でしている佐和。
しかも、俺の名前を呼びながら。
これは突入して、俺も参加するべきではないか。ぜひとも参加したい。いや、大切なプライベートな時間に踏み込むのは、たとえパートナーであっても違うんじゃないか。
頭の中は目まぐるしく回転し、俺は一つの答えにたどりついた。
「佐和、オモチャ使うのOKなのか……」
俺は帰宅してこの光景を見てしまった事実を隠すため、開けていたワイシャツのボタンを留め直し、書斎に置いたビジネスバッグをもう一度手にして、静かに家を飛び出した。
「佐和の究極のプライベートを見てしまったことは、一生言わない。言わないぞ。最高にエロかったから、脳内再生は何度もするけど、絶対に言わない。それよりもオモチャ、オモチャだ!」
まだボンネットがあたたかい車に再び乗り込み、二十四時間営業の量販店に向けて出発した。
何のためらいもなく、派手なのれんの中へ飛び込み、天井まで並ぶ品々を物色する。
「ピンクローターは基本として。バイブをゆっくり出し入れして好きなポイントを探ってみたいし、アナルプラグを入れっぱなしで悶えさせるのもいいな。遠隔操作のアナルバイブも買おう。佐和は、乳首を刺激されるのも好きだからな。ニップルローターとクリップ。装飾性が高いチェーンもいい。一方的に見るのはフェアじゃないから、俺がオナホールを使って、佐和に冷たい目で見てもらおう。絶対に興奮する」
カゴいっぱいに買い込み、再び帰宅すると、リビングの明かりがついていた。俺は行為が終わっていたことに少しほっとして、笑顔でリビングへ向かう。
「ただいま、佐和」
「おかえり、周防」
佐和はパジャマを着てソファに座り、シナモンロールを食べていた。
「今、メッセージを受信したよ。会合、中止になっちゃったんだね。楽しみにしてた仕事だったのに、残念だったね」
「あ、ああ」
「このパン、すごくおいしい。お腹すいてたから、フライングしちゃった」
「佐和に食べてもらうために買ってきたから、それはもう、全然……どうぞ……」
ビジネスバッグを持って出て、一旦帰宅した証拠を消したつもりだったのに、キッチンにパンを置き忘れていた。俺のバカ!
佐和はもぐもぐとシナモンロールを咀嚼しながら、少し耳を赤くしている。
「一回帰ってきたのに、もう一度出かけさせて。なんか、気を使わせちゃったね。寝室のドアのところに、ネクタイが落ちてた。僕のプライベート、見ちゃった?」
衝撃的な光景を目の当たりにし、両手で口をふさいだときに手を離したんだ、きっと。俺はリビングの床にひれ伏した。
「眼福でございました! 一生忘れません!」
佐和は手を叩いて笑う。
「一生覚えてて。一緒に暮らしてたら、たまにはそういう事故もあるってことで。今度、周防のプライベートも見せてもらおうかな」
「何なりと! 今からでも、すぐにご覧にいれます!」
バスルームに飛び込んでシャワーを浴び、寝室へ行くと、佐和は買ってきたアダルトグッズを見比べていた。
「佐和、どれから使う?」
「んー。オナホール。周防が使ってるところ、見てみたい」
「見てください!」
俺はヘッドボードに寄りかかり、いつも一人でするときと同じようにイヤホンをつけ、スマホで再生した動画を見ながら、自分の芯に手をかけた。
動画は、佐和が俺の腰をまたぎ、根元まで飲み込んで、前後に腰を揺らしている姿だ。佐和は肌を上気させ、顎を上げて天井をふり仰ぎながら、甘い声を上げていた。
俺の芯はすぐに硬くなり、佐和から手渡されたオナホールで包む。ひだが絡み、最奥のしこりに先端が触れると、電気が走るような刺激があって、思わず声が出る。
「ん……あ。気持ちいい。佐和……」
刺激を求め、オナホールを上下に動かした。一度味わった快感は止めることができず、俺の手は次第に早く動いていった。
佐和は隣で膝を抱え、俺の痴態を見ながら、くすくす笑っている。
その冷たい空気がさらに俺の快感を押し上げてくる。呼吸も苦しくなって、酸素を求める金魚のように顔を上げた。
「ああ、ダメだ。いきそう」
いきたくないのに、この気持ちよさをもっと長く味わいたいのにと思いながら、腰を振り始めたとき、突然俺の手が振り払われ、オナホールを取り上げられた。
「えっ? あ、ああ……」
状況が飲み込めず、荒い呼吸を繰り返していたら、佐和が俺の腰をまたいだ。
「頬を赤くして、あごを落として、だらしなくあえいで、すごーくえっち。僕もしたくなっちゃった」
佐和の熱い後孔に、俺は再び天井を振り仰ぐ。すぐに爆ぜてしまいたくなくて、ゆっくり深呼吸した。オナホールとは比べ物にならない締め付けと、波打つようなうごめきに、気持ちよすぎて泣きたいような気持ちだ。佐和も目を閉じ、眉根を寄せているが、口元に笑みがあった。
「一人も楽しいけど、二人も楽しいね」
「ああ」
最愛の人との身体のつながりを全身で感じられる。
俺たちはどちらからともなく抱き合った。
「佐和、愛してる」
「僕も愛してるよ、周防」
つなぎ目が溶け合って、境目がわからなくなるまで待ってから、俺たちは少しずつ腰を揺らした。
互いの快感を味わう姿を、自分の目だけにやきつけながら、俺は佐和の胸の粒をこね、舌先で転がして、佐和に歓喜の涙を流させた。佐和は俺の頭をかき抱きながら前後に強く腰を揺らし、俺を翻弄する。
「佐和、待って。いきそう」
「いって。僕もいく」
互いに本能に任せて腰を振り、ひたすら頂点を求めて暴れて、俺たちはほぼ同時に高みに達した。
身体を解いてベッドに倒れ込み、肩で呼吸しながら、互いの顔に貼りついた髪を指ではがしあった。愛しさがこみ上げ、自然にゆっくりキスをして、ベッドに仰向けになって一緒に天井を見ながら呼吸を整える。
「喉、乾いたね」
佐和が冷たい水を持ってきてくれて、分け合いながら一緒に飲んだ。熱い息で乾いたのどがうるおされ、熱いからだが冷やされて、心地いい。
「もういいの? 残り、飲んじゃうよ」
そう言って水を飲み干す、その身体のラインをつぶさに見て、脇腹に人差し指をすべらせながら、俺の目だけが知る佐和の姿がたくさんあって、うれしいと思った。
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