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【1】ファーストコール……①

 高良惣太(たからそうた)は今日初めて医局にある自分の椅子に腰を下ろした。目の前にはお湯がなみなみと注がれたカップラーメンがある。これが本日の夕食(ディナー)だ。午後におにぎり二個を口にしただけで、それ以外は何も食べていなかった。腹が鳴る。  午後八時。  今日も一日、忙しかった。  外来の診察と人工関節置換術のオペを一例、病棟へ顔を出して担当患者の術後ケアを済ませ、日常のデューティーをこなした所だった。 「あー、腹減った……」  低血糖のせいで軽く眩暈がする。三分待つのももどかしい。湯気の洩れる蓋を開け、ようやく食事にありつけると割り箸を割った所で、医局内にある内線コールが鳴った。嫌な予感がしたが他の医局員もいるためスルーしていると、同僚の整形外科医である林田がコールに出た。  ほぼ同時とも言えるタイミングで自分の院内専用端末が鳴る。  ――ああ、また食いっぱぐれか。  溜息をつきながらコールに出た。 「整形外科の高良です」 『救急部です。高良先生、救命救急センターまでお願いします』 「どうしたの?」 『三十代男性患者、交通事故による右脛骨と腓骨のfracture(骨折)です。意識レベル低下200-A、HR124、BP84/48、で処置を急ぐ状態です』 「なんで俺、指名なの?」 『患者の脚ぶらぶらなんで、総合診療ERセンターの部長が整形外科(オルト)の高良を呼んで来いと言ってます。とにかく今すぐ来て下さい。お願いします』  救急部の看護師はそこまで言うとこちらの返事を待たずにコールを切った。 「さすが、骨接合の名手、高良くん。ご指名入りましたー」  茶化す林田と目が合った。 「俺、腹減って死にそうなんだけど。この後、オペすんの無理」 「ほいよ」  林田が医局の冷蔵庫から何かを取り出し、それを惣太に向かって投げた。反射的に受け取って見ると練乳のチューブだった。 「とりあえずそれ吸ってから行けよ」 「……はぁ、何が悲しくてこんな時間に練乳吸わなきゃいけないんだよ。俺は冬山トライ中のアルピニストかよ」 「文句を言うな。低血糖で倒れるよりマシだろ」  言われるままにキャップを取って中身を一気に吸う。濃い牛乳の香りと強烈な甘味が口内に広がった。  とにかく甘い。とろりとした液体が喉を焼きながら落ちていく。 「くそ。今日のカップラーメン、期間限定の特別商品だったのにな……」 「はは。俺が食っといてやるよ」 「緊急オペならおまえを第一助手として呼び出してやるからな。早めに食っとけよ」  惣太は林田に向かって中身の減った練乳を投げ返した。

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