3 / 3

第3話

連絡はしておいたが、すっかり遅くなってしまった。 新しいワイシャツの入った袋を手に小走りで帰宅した静樹は玄関で一息ついた。だが、先に帰っているはずの彼の出迎えがない。 「由人?いないのか?」 明かりはつけられているが気配はなく、寝室や浴室も覗いたがいなかった。 台所には夕飯の用意をしているような形跡もない。だが、彼の仕事の制服であるポロシャツが床に落とされていた。という事は、一度帰宅して着替えてから出かけたということだろう。 買い物かもしれない。そう思い込もうとしたが、明日は彼の実家に行く大切な日だ。普段からちょっと家を出るにも連絡してくる彼が、メールのひとつもなしに家を空けるのは考えにくかった。 「おいおい……」 一人で呟きながら携帯を取り出してかけてみたが、出る気配がない。 頭の中でまたか。と呟いたが、実はなんとなく予感はしていた。 何かおかしいと気がついたタイミングが悪く、きちんと聞き出す前に出勤時間になっていたのだ。 今日一日仕事をしながら考えていたが、昨夜テレビを見ていた時も言葉数が少なかった気がする。仕事でミスをした時や、人間関係で何かあった時も似たような雰囲気を感じていただけに、聞き出すのを躊躇していたのは良くなかった。 (くそ、あいつ……) 静樹は帰宅したばかりの自宅を、鍵と携帯だけを手に飛び出した。 春の夜道はまだ空気がひんやりとしているのに、静樹の額には汗が滲んでいた。 上着を脱ぎながら周囲に目を凝らしつつ、歓楽街に向いて早足になっていた。 彼がなにか思い悩んで向かうのはあのバーしかないだろう。 そう考えて重い扉を開いたが、そこに彼の姿はなかった。 「……マジか」 「これは檜山さま。…待ち合わせですか?」 老齢のマスターに声をかけられたが、由人が来ていないことを確認するとすぐにそこを出た。 だが、どこに向かえば彼がいるのかわからない。 耳に当てた携帯からは止まらないコール音しか聞こえず、途方に暮れてしまった。 職場に行ってみようか。しかし、制服が家にあったということは、そこにはいない確率が高い。 周囲は仕事を終えて流れてくる人々が行き交っている。足を止めた静樹は、酷く情けない気分に陥った。 誰よりも愛しているのに、彼の居場所がわからない。 そう言えば、誰かを探してこんなにも歩き回るようなことも経験がなかった。その場に不似合いなことを考えていた静樹の足がよろめき、後ろから歩いてきた通行人にぶつかってしまった。 自販機で買った缶コーヒーのプルタブを指で弄っていた由人は、小さな公園のベンチに座ったまま動けないでいた。 明日は実家に恋人と行く予定で、夢にまで見た状況なはずなのに。 (あの人、誰って…。聞けなかった……) 見ていなければこんな気持ちにはならなかったのに。そんな風に拗ねてみても仕方が無いのはわかっているし、もしかしたら一緒にいたのは仕事相手かもしれない。 (…でも、手を握って見つめ合ってた……) 往来でそんな行動を取るほどの仕事相手とはどういうものだろう。 何度考えても普通には見えなかったし、何より静樹と一緒にいたスーツ姿の青年は、とても可愛らしい男性だった。 (……明らかに俺より可愛かった……) 缶コーヒーは既に常温になってしまっていた。由人は手にしていたそれを自分の隣に置くと、ベンチに足を上げて膝を抱いた。 つまらない嫉妬だ。たったそれだけで何故こんなに不安になるのか自分でもよく理解できない。聞いてしまえばいいのに、彼からの返事が怖くてそれすら出来ずに逃げ出してしまった。もう、彼は仕事から帰っているだろう。 明日の為に早く寝て、実家に向かう前に何か買って行こうと昨夜は話していた。 同性の恋人の親に挨拶に行くだなんて、面倒くさいだろうに。彼は驚きはしていたが嫌な顔はしなかった。 「……よし、」 帰って彼と話をしよう。由人が顔を上げると、突然隣に誰かが腰を下ろし、置いていた缶コーヒーのプルタブを開けた。 「……静樹」 彼はそれを一気に飲み干すと、俯いたまま低い声を出した。 「…やっと見つけた」 「……あ、ごめん、あのさ、俺、」 まだ整理しきれていないが、とりあえず謝らなきゃならない。頭を下げようとした由人は、彼の腕に強く抱きしめられた。 「お前、携帯は?」 息が詰まりそうな程の力なのに、その声は優しい。 「………あ、家だ。仕事用のリュックの中、」 「…そうか」 それ以上何も言わない静樹の背中にそっと手を回すと、彼のシャツが汗でしっとりとしていた。 由人の姿が見えないと知って探し回ってくれたのだろう。素直に嬉しくて、目頭が熱くなってきた。彼に心配をかけてしまうほど、自分は何がしたかったんだろう。 「……ぅ、ごめん、静樹……」 「泣くなよ、お前に泣かれるの弱いんだって言ったろ」 抱き締めていた腕を緩めた静樹は、手にしていた上着のポケットからハンカチを出して由人の目元に押し付けてきた。 「痛い!」 「うるせぇ、毎回よくわかんねぇ心配かけやがって。二度と家出すんなっつったろうが」 「い、家出じゃない。ちょっと……」 「ちょっとなんだよ。なんかわかんねーけど拗ねて俺に心配かけたかったんだろ?」 ぐだぐたと考えていたが、突き詰めればそう言う事なのだろう。反論出来ずに目を伏せると、静樹に左手を取られた。 「俺の前から消えてその間に察しろとかは、もうなしにしてくれ。それぐらいなら面と向かって文句を言えばいい。譲れねぇ事もあるけど、俺にとってはお前意外は大抵どうでもいいんだよ。……それより、お前に離れられるのと泣かれるのは嫌なんだ。あとはまぁ、お前のとこのおばさんも苦手だけどさ」 薄暗いせいで良くは見えなかったが、由人の左手の薬指に指輪らしきものが彼の手ではめられた。 「それでもちゃんと挨拶する事でお前を全部手に入れられるっていうんなら、明日はきっちりキメてやるよ」 「……せ、静樹、これ、」 「由人、お前の人生俺に全部くれよ。……お前、俺の事好き過ぎるんだから、いいだろ?」 指輪のつけられた由人の手を取り、その指先にキスをした彼はとても凛々しい顔を見せてくれた。 「…………」 もしかしなくても、これはプロポーズだろう。夜中にこっそり指のサイズを測っていたのは知っていたし、近々だろうとは思っていたが、まさか今ここでとは思わなかった。 (しかも……プロポーズつき…!) 「…おい、返事はどうした」 「………ぅ、あ、あげるよ、俺、静樹のものになりた、」 「既に俺のモノだけどな。……だから、泣くなって。…泣くのはしっかり説明してからにしろ」 走らせやがって、と由人の頬をつねった静樹はそのまま指輪のついた手を握り締めてくれた。 「……あ、あの、ごめん。俺…昨日昼過ぎに……駅の銀行に行こうとして…」 そこまで話したところで、静樹の方から声を上げた。 「え、見てたのかよ」 「…………う、うん…」 「見たんなら声かけろよ。これの為に無理言ったから、お前からもお礼が言えるチャンスだったのに」 これ、と彼が指で触れたのは、由人につけられた指輪だった。 「……え?指輪?」 「あぁ、ウェディングアクセサリーの店の人で。…金曜までには欲しいって言ったら、作ってる工房まで直接行って間に合わせてくれたんだ」 自分が目にした全ての状況が腑に落ちた由人は、じわじわと熱くなる頬を隠すように手を離して背中を向けた。 「……由人?」 「知らなかったとはいえ、ごめんなさい!俺、勝手になんか疑ったって言うか、なんかその、相手の人可愛い人だったし、」 思い込みとはこういう事だろう。思い込みから嫉妬して拗ねた上に、顔を見るのが辛いと逃げ出したのだ。 「すっごい格好悪い、本当にごめん!」 「全くだ。何回言わせるんだかな」 後ろから抱き締めてくれた静樹は、由人の頬にキスをしてくれた。 「俺はお前しかいらない。欲しくないんだよ」 嬉しさで息が止まりそうだ。由人は涙声でもう一度謝罪したあと、彼と手を繋いで自宅へと帰った。 室内に充満するピリピリとした空気に耐えきれなくなったせいなのか、静樹の頭の中には由人との朝のやり取りが再現されていた。 静樹がスーツで行くのなら俺も、と由人が言い出したが、挨拶に行くのは彼の実家だから俺だけでいいと話していた。だが、お互いにスーツでも良かったかもしれない。彼は仕事柄滅多にスーツを着ることは無いので、改めて見ておきたかった気持ちがあったのだ。 可愛らしい顔立ちをした由人のスーツ姿は、想像しただけでクるものがある。 「……ちひろちゃん、顔が怖いよ。檜山君が余計に何も言えなくなるでしょう」 真向かいに座っていた由人の父は、初対面だったがとても穏やかな雰囲気の男性だった。 とても海外で仕事をしているようには見えない柔和な表情で、隣に座る由人の母とは正反対だ。 現実逃避から思考を戻したが、彼女は静樹に対して嫌悪感を剥き出しにしている。 「……母ちゃん、来いって言ったのは母ちゃんなのにせめてこっち向かない?」 静樹の隣に座る由人が、自分の目の前の母にそう言った。彼女は静樹達が足を踏み入れてからずっと顔を逸らしていてこちらに向いてくれない。 (……嫌われてるのは知ってるけどな) 今まで由人の前では人当たりのいい母親の顔をして、嫌悪感は静樹にしか見せたかった。それを考えると、彼女なりに素直になっているのかもしれない。 「ちひろちゃんが話を聞く気になるまでは進まないよねぇ。どれ、お父さんが檜山君がくれたケーキを出そうか」 「そんなの出されても食べません」 椅子から腰を上げかけた由人の父は、妻の言葉に困った様に微笑んだ。 「母ちゃん!もういい加減にしろよ!挨拶に来いって言い出したのは母ちゃんだろ?」 「それは言ったわよ。だって、人の息子を手篭めにしておいて頭も下げに来ないなんて非常識でしょ?」 「だからちゃんと来てるじゃん!」 「でも今更でしょ。本来なら由人が家を出る時に然るべき挨拶があって当然だったのに、何年経ってるのよ!」 (……手篭めって……) 「ちひろちゃん、手篭めにするって言い方は適当ではないと思うよ」 さすがに夫と息子の二人に言われた事に腹を立てたのか、由人の母は立ち上がるとリビングを出て行ってしまった。 「あ!母ちゃん、待てよ!」 母を追いかけて行った由人の後に続く気にはならなくて、静樹はその場に座ったままだった。 「うん。行かなくて正解だから、檜山君は僕とここで二人を待とうか」 「…俺が行くと火に油を注ぐ事になりますよね」 「あはは、そうだねぇ。でもちひろちゃんも君を嫌いなわけではないんだ。それは信じてあげてくれるかな」 目尻の皺を深くする由人の父は、とても優しく笑いかけてくれた。 (…いや、本気で嫌われてるって) 心中で否定したが、由人の父はまるで聞こえていたかのようにこちらを見つめると、本当なんだよ。と言った。 「僕もちひろちゃんも、由人にパートナーが出来ることは家族が増える事だからって楽しみにしていたんだ。僕はこうしてたまにしか帰ってきてあげられないから、きっと淋しくて拗ねちゃってるんだと思うんだ」 「……あの、俺としてはもう既に由人君と一緒に生活しておりますし、無理に認めて頂かなくても、」 「そこだよ」 「……はい……?」 由人の父はすぐには話さず、すっかり冷え切ったカップの中身を飲んでから静樹に笑顔を見せた。 「君も由人もそう考えているのが分かるからこそ、淋しいんだと思う。……檜山君。実はね、僕達夫婦には由人が生まれる前に、生んであげられなかった命があるんだ」 それは、由人も知らない話だと彼の父親は言った。 体質的に妊娠は難しいかもしれないと言われていた由人の母が授かった初めての命は、僅か三ヶ月で彼女の元から天へと旅立った。それは妊娠して経過が悪かっただとか、そういう類のものではなく、医者が言うにはごく自然に起こりうるものだったらしい。 「精子の中にも正常ではないものがあるらしくてね。たまたまそんな受精が原因で上手く育たなかったんだよ。だから、誰が悪いと決めるのなら、僕が悪いんだと思う。だけど、彼女は自分を責めてばかりだったんだ」 泣いて暮らす彼女を慰めて日々を過ごしていたが、意外にもあまり間を置かずに再び訪れた妊娠だった。授かった命に由人の母は喜んでいたのに、流産からあまり時間が経過していないとなると、それはそれで問題が起こりやすいと医者から告げられた。 「二人分、というのも変かもしれなけれど。…由人が無事に産まれてくるまで、本当に命を削るように彼女は赤ん坊を守り抜いて生きてきたんだ。そうして由人を育ててきたから、巣立っていくのが淋しいんだ」 由人から何度も聞かされた話を、静樹は思い出していた。 息子が同性にしか恋が出来ないと打ち明けられた時、当たり前のように受け入れた彼女のその懐は深いと思うだけだった。だが、それは違っていたのかもしれない。 由人が例え、世間から後ろ指を刺されることになったとしても、彼女は息子の全てをその胸に抱くのだろう。 母という偉大なる愛を、由人の父の穏やかな目尻の皺に見せつけられた気がした。 「……すみません、行ってきます」 静樹は彼に頭を下げると、リビングを出た。 二階の方から由人の声が聞こえて階段を上がっていくと、閉ざされた扉を背に項垂れる恋人を見つけた。 「あ、静樹」 「おばさん、出てこないのか」 「……ごめん。来いって言ったの母ちゃんなのにな。もういいから、帰ろう」 力なく笑う彼の目元が少し赤くなっている。 静樹は由人の頭を撫でて自分の胸元に抱き寄せた。 「……静樹?」 「おばさん、聞こえますか?」 返事はなかったが、彼女はそこで聞き耳を立てている。静樹にはその確信があった。 「由人と同居を始める時、ちゃんと挨拶に来なかったのは悪かったと思っています。……俺達二人だけの問題だと考えていたので、そんな必要は無いと思っていました」 「…いいよ、静樹。そんな、」 止めようとした由人の口を塞いだ静樹は、キスをした彼の唇に指先で触れた。 「……何度か俺達が上手くいかなくてトラブった時も、貴女の言葉に苛立ちしか感じなかった。まぁ、今ならその理由もちゃんと分かります。息子を溺愛する貴女と、母親が大好きな由人の関係性に嫉妬していたからだ。……でも、それは簡単に流していいものじゃない。わかっていても卑屈な俺はなかなか向き合えなかったけど」 黙って腕の中で聞いていた由人が、不安そうな瞳で見上げてきていることに気がついた。 今、静樹がこの場で話しているのは、彼を愛しているからだ。静樹は大丈夫だと由人に向かって微笑むと、彼を抱く腕に力を込めた。 「俺の事を気に入らなくても、うちに遊びに来てください。由人は貴女の大切な息子だし、由人が今こうして俺の腕の中にいるのは、貴女のお陰だと思っています」 「……せ、じゅ……」 泣かれるのは苦手だと昨日も言ったのに、腕の中の彼は涙を滲ませていた。 「……ちゃんと約束して」 僅かに開いた扉の隙間から、由人の母の声が聞こえた。 「約束します。……俺はもう由人がいないと生きていけない。絶対に一人にはしません。……俺を家族として認めてください」 言葉にした瞬間、自分こそがこの家族の中の一人として受け入れられたかったことに気がついた。 静かに扉が開いた後、由人によく似た泣き顔した彼女が、静樹に抱きついてきて驚いてしまった。子供のように声を出して泣き始めた彼女を、由人と二人でしっかりと抱き締めた。 「今夜はすき焼き〜!」 帰宅した玄関で花柄のスニーカーを見つけた静樹は、リビングから聞こえてくる由人のはしゃぐ声に小さなため息をついた。 「すっげえ!めっちゃ高い肉じゃね?」 「お父さんがね、みんなで美味しいもの食べなさいってお金くれたのよ」 静樹の記憶が確かならば、由人の父は今日の昼過ぎに機上の人となったはずだ。 「……ただいま」 「あ、おかえり!静樹!見て見て、母ちゃんがすき焼きしてくれた!」 幼い子供のように目を輝かせる由人は、早く座れと椅子に勧めてくれたが、真向かいには鍋の中に肉を入れる由人の母がいた。 「おかえりなさい、静樹くん。そろそろ引越し費用は貯まったかしら?」 由人の実家に挨拶に行ったあの日から、彼の母は一日とあいだをあけずに通ってきている。 そしてこうして訪れては、早くもっと広い新居に引っ越した方がいいと話をしてくるのだ。 「そんなすぐに金なんか貯まるわけないでしょ。だいたいね、あなたの息子がアレコレ買い物しては賞味期限切らせて捨てる悪癖があるんで、食費に無駄が多いんですよ」 由人が出してくれた箸を手にして鍋の中の肉を取ろうとしたが、その箸先を彼女の菜箸に掴まれて止められてしまった。 「悪癖ってなによ。買い物は安い時に買い込むのがお得だから、由人はそうしてるだけでしょ?」 「それでも期限切れのもん食うのはだいたい俺なんすよ」 「ちゃんと消費できてるならいいじゃないの。今日だって私が食材揃えて来てるんだから、食費も浮くでしょ。早くここより広くて綺麗なマンション買いなさいよ。由人がベランダ狭くて洗濯物干しにくいって言ってたわよ?」 静樹の箸を鍋から遠ざけた彼女は、煮物の入った器を静樹に差し出してきた。それを受け取って中に入っていた蓮根のきんぴらを口に放り込んで咀嚼すると、彼女から視線を外さないまま笑った。 「……これ美味いっす。お母さん」 「由人の好物なのよ。作り方教えてあげましょうか?」 勝ち誇ったようにニヤニヤと笑う彼女に、それはいいですと即答した。 「何よ、由人に作れとか言わないでよ。あんた達どっちも働いてるんだから、家事も分担でしょ?」 「や、お母さんが作ってきてくれるでしょ」 それなら必要ないですから。と、少し照れ臭そうにした隙をついて、鍋の中から高価そうな肉を掬いとってやった。 最近気がついた事だが、由人と彼女は血が繋がっているだけあって、ふとした表情がよく似ている。由人の父は彼女のこんな所に惹かれて恋に落ちたのかも知れないと考えると、少し楽しかった。 「……なんか最近、静樹と母ちゃん、やたら仲良くねぇ?」 箸の先を齧りながら呟いた由人は、静樹の目には酷く可愛らしく映る。邪魔者がいなければすぐにでも寝室に連れ込むのに。と考えていると、テーブルの下で勢いよく足を踏まれた。 「……いっ!」 「仲良くしないと由人に会わせてもらえないからね。……私がいる時にいやらしい目で由人を見ないでくれるかしら」 後半は小声で睨みながら告げられ、静樹は何故バレたんだろうと踏まれた足を反対の足でさすった。 「んな事ないよな。みんな家族なんだし、母ちゃんは静樹の母ちゃんでもあるんだしさ」 「そうよ〜。明日は由人の好きなエビフライ作ってきてあげるわね」 由人の母が空いた食器を手に席に立った隙を見て、隣に座る由人の耳元に顔を寄せた。 なるべく小さな声で素直な気持ちを告げると、由人は箸を持った手で耳を押さえた。 早く由人も食べたい。 母親のいる所で耳打ちされた言葉には由人を落ち着かなくさせてしまった。 また明日、と母が帰ってドアにロックをした瞬間、見送った玄関で激しいキスをされ、絡む舌に翻弄されて思考を溶かされているうちにベットに横にされていた。 ふと気づくと由人を見下ろしながら静樹が服を脱ぎ落としていくところだった。 由人も起きあがり服を脱ごうとすると、先に全裸になった彼の手が胸元や腰を撫で始めた。 「あっ、ちょ、待ってよ、静樹っ、」 「ん?気にしないで早く脱げよ」 「ちが、脱げないって、あっ、」 Tシャツから首を抜こうとするのだが、静樹が乳首に吸い付いてきてしまい、頭がなかなか抜けない。 「んんっ、や、待ってってば、ぁ、」 彼の手が腰から下着の中にも入れられ、尻の丸みを揉まれてしまった。 「あっ、せ、じゅぅ、」 「エロい声で呼ぶなよ……」 静樹の手にTシャツを剥ぎ取られ、首筋に歯を立てられて甘い痺れが走った。 ベットに押し倒された由人は、与えられるキスと彼の大きな手から与えられる愛撫に身を捩った。 肌を滑るその手が、下腹を優しく撫でた後そこを強く押された。 「……早くここに入りてぇ」 「…っ、せ、静樹なんか、最近すっごくエロくない?お、俺もたないよ、」 「は?エロいのはお前だろ。……笑っててもなんかエロい顔してるし、職場であんな顔するなよ?」 笑顔がいやらしいというのはどういう意味だろう。それは全く無意識だし、おそらく彼しかそんなことは思わないはずだ。 「んっ、ん、も、もういいから、静樹……、」 与えられる言葉が嬉しくて感情が高ぶり、早く彼と繋がりたくなってしまった。 後ろから彼の指が引き抜かれ、待てずに大きく足を開くと、興奮した顔で彼が笑った。 「それがエロいってんだよ……」 その言葉は、喜んでいるようにしか聞えなかった。 「……ぅ、ん、」 味わうようにゆっくりと中へ押し込まれる圧力を、全て取りこぼさずに拾い上げたくて集中していた。 「………は、由人……」 由人にかぶさった静樹の腕が、身体の下に差し込まれ隙間なく抱き締められた。 隙間なく重なるその状態で、器用に腰を動かせる彼から強い快感をぶつけられた。 「あっ、あ、だ、ダメ、すぐでちゃ、出ちゃうぅ、」 「出せよ、尻でイくとこ見せろ、」 密着して抉られていると、腹側の粘膜をゴリゴリと彼のペニスが刺激していて、全く我慢がきなかかった。 静樹は由人の耳朶に歯を立てると、耳の中にぬるぬると舌を差し込み、音で愛撫をしてくる。 「あっ、やだ、や、イく、イっちゃ、ん、あ!」 由人が絶頂に達すると、中の粘膜が痙攣して彼のペニスを離すまいと収縮して締め付ける。 押し付けられる腰は激しさを増し、由人は白く霞む意識の中で身体を震わせた。 食器の音と水の流れる音が聞こえる。 目を開いた由人は、隣にいない恋人の姿を探して、フラフラと寝室から出た。 「なんだ、起きたのか。って、お前……パンツくらい履けよ」 食後に片付けもせずセックスになだれ込んだせいで、部屋は夕飯後のままだった。洗い物をする静樹の姿に胸をときめかせた由人は、ぼんやりとしたまま彼の背中にぴったりと寄り添った。 「……由人?寝ぼけてるのか?」 後ろから彼の手元が見え、お揃いの指輪に嬉しくなった。 「……静樹、大好き……」 「わかったから、早く服着ろって」 「…冷たい…」 「あのなぁ。明日も仕事があるだろ。風邪ひいたらどうすんだ。それに……またヤりたくなるだろ」 「………し、してもいいよ?」 「期待して言ってんじゃねぇよ。もう夜中だぞ?早く寝ないと明日辛いだろ」 抱いてもらえなくて悶々と過ごした日々が長かったせいか、彼に求められるのが嬉しくて際限なくしたくなってしまう。 だが、社会人としてセックスのし過ぎで仕事は休めない。そういう所は厳しい静樹も好きなので、仕方ないかと彼の背中から離れた。 「風呂」 「え?」 「洗ってやるから、風呂入るぞ」 濡れた手をタオルで拭いた静樹は、由人を抱き上げると浴室に向かった。 「や、だから!風呂は狭いからいいってば」 「お前さ、自分から足は開くのに風呂は恥ずかしいとかおかしいからな?」 「お、おかしくないもん!頭洗ったりとか見られるの恥ずかしいでしょ、普通は!」 「髪は俺に洗わせろって言ってるだろ」 「だから!それもなんか照れるの!」 浴室の前で下ろされた由人がそう言うと、静樹にキスをされた。 「照れるお前が見たいからいいんだよ。洗ってやるから照れてろ」 「……ず、ズルい、そんなイケメン顔で言われたら俺断れないじゃん…」 「あ〜、はいはい。もう時間遅いから静かにしろよ、由人」 結局は愛しい彼の望むままになってまう由人は、翻弄される幸せな日々に頬を赤くして笑った。

ともだちにシェアしよう!