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第4話
案内されたのは、いい匂いのする木製の寝台のある部屋だった。
正方形に近い、大きな寝台。虫除けか天井から天蓋が下がっている。暑いからだろう、大きな窓があり、風にそれが揺れていた。
そばには派手な色彩の花が置いてあり、そこからまた甘い匂いがする。
「どうぞ」
案内してくれた女性が去ると、琥珀は嬉しそうに寝台に横たわった。
「あー、久しぶりだなー!」
そうして俺に向けて手をさしのべた。
「灰簾もおいで」
そう声をかけられて、俺は喉がからからに乾いていることに気づいた。唾を飲み込む。
俺の体はまるで呪いをかけられたかのように、前に進めなくなっていた。
「どうした?」
起きあがって、琥珀が俺のところまでやってきた。
俺はなぜか自分が泣きそうになっていることに気づいて、慌てて横を向く。
「灰簾?」
琥珀が顔を覗き込んできて、俺は唇を噛んだ。
「……んでも、ないです」
こわい。
自分の中にその単語が生まれてきて、俺は自分の手を握り込んだ。
気持ちよさそうな寝台なのに。
「あの、こういうの。俺は慣れてなくて。<王国>でもちゃんとした寝台で寝たことがなくて」
そう言葉にして、俺は気がついた。こういうのは、あそこだけだった。俺があいつを殺した、あの場所。
怖い、怖い怖い!
俺が何を考えているのか、彼にも伝わったらしい。琥珀の表情が暗くなる。
「悪い。こういうの、落ち着かないよな」
彼の指がそっと、俺のまぶたに触れた。触れられたことで涙がこぼれそうになって、俺は慌てて首を振る。
「あの、俺は床で大丈夫なので! そっちの方が慣れてるんです!」
琥珀は寝台から掛け布団と枕をを引きずり下ろすと、床に落とした。
「じゃあ、一緒に床で寝よう。この上ならどうだ?」
そう言いながら、自らその上に座り込む。翠色の瞳が、俺を見上げてきた。それを見て、俺はいたたまれない気持ちになる。
「あの、琥珀。あなたは寝台の上で寝てください」
「ん、嫌か?」
「だって、あなたは楽しみにしてたでしょう。寝台で寝るの」
「自分ひとりだけ楽しくても意味ないだろ? 嫌じゃないなら、おいで」
そう言われて、おずおずと琥珀の隣に座る。ふかふかの掛け布団に自分の尻が沈み込んだ。
「あなたは、変です。あなたが自分の希望を叶えないで、俺の隣に寝る意味がわからない」
琥珀はだしぬけに軽く枕を投げつけてきた。
「なんですか?」
思わず枕をつかんで尋ねる。琥珀はいたずらっぽく微笑んだ。
「枕投げ。こうやって、子供のころ遊んだんだ」
「投げ合うんですか?」
「違う。当てられたら負け。先に当てた方が勝ち」
彼はそう言うと、もうひとつ床に置いていた枕を取り上げて立ち上がる。
「投げるぞ?」
「なんなんですか」
よくわからなかったが、琥珀から距離をとる。そこに枕が投げられて、俺は体を反らせた。
「ほら、反撃してみろ」
からかうような声色の琥珀に、俺はさきほどつかんでいた枕を投げた。琥珀はこともなげに受け止める。
「だめだなあ、敵に武器をやっちゃ」
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