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2章 第1話
「ここが、僕たちの現在の滞在地です」
日が落ちるころ。イラスは俺たちを洞窟の中に案内した。
その周りでは、二十匹程度のらくだたちが、思い思いに座っていた。
イラスが言うには、彼らはらくだに飲ませる水と食べさせるものを探して、夏の間だけ砂漠の向こうの村に女性たちをおいて、砂漠を移動するのだそうだ。ごくたまに、必要なものを街に買いにいったり、取引をしたりしにいく。彼は長老に頼まれて使いにいった街の中の店で、帰ろうとしたところを男たちに襲われ、逃げていたところを俺たちに助けられたのだと言った。
彼は洞窟の奥に声をかけて、その中に入っていく。俺にはわからない言葉だったが、おそらく、帰ってきたことを伝えているのだろう。
洞窟の足元には火が灯された明かりが点々と置いてあり、奥にはひとがいるのがわかった。人間の方も、二十人程度だろうか。年齢は俺と同じくらいの少年から、やや年のいったひとまで様々だった。
「イラス!」
驚いたような表情をして、奥にいる若者と白髪の老人がイラスを迎えた。若者は琥珀よりは少し若く見える。彼が二十歳くらい、老人は六十歳くらいだろうか。
若い方が立ち上がり、イラスを抱きしめて何事か呟いた。イラスは嬉しそうに彼にしがみついている。
「イラス」
老人の方がイラスを呼んだ。何か、俺の知らない言葉で彼に話しかける。
「街で偶然エトナさまに助けられ、お連れしました」
大陸共通語でイラスが言った。ざわめきが広がる。
「エトナさま?」
俺は彼らの言葉はよくわからなかったが、その名前を口にしているのはわかった。
琥珀は先ほどイラスに見せたように、胸元の入れ墨を示して見せた。
「はじめまして。<抵抗する者>のエトナです。黒煙が見えたので同胞を探して、こちらにやってきました」
琥珀の言葉の後半は俺にもわかった。大陸共通語になっていたからだ。
「こちらの<純血>をまとめているジャイマと申します。あなたのお話は聞いています。どうぞ、粗末なところですが、しばらくご一緒することくらいは可能ですよ」
彼が、イラスたちの長老だろう。俺は周囲の視線が俺の方に回ってきたのを感じて、隣の琥珀を伺った。
「これは拾い子の灰簾です。どこの子かはわからないのですが、<黒き石の大陸>で出会って、何かと手伝ってもらっています」
琥珀が俺を紹介したので、何か手伝った記憶はなかったが、俺は合わせて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ジャイマは俺をちらりと見た。冷たいまなざしだった。
砂漠が夜で満たされる。昼に比べてぐんと寒くなる。俺はらくだに結びつけた荷物を開けて、追加のマントとスカーフを引き出した。
俺の分と琥珀の分だ。両方を取り出して、声がする方に向かう。
洞窟の入り口に火が焚かれている。
(琥珀)
俺はマントを持っていこうと琥珀に近づいて、足を止めた。焚き火のそばで、琥珀とイラスが何か、楽しそうに話していた。
琥珀は微笑んで、イラスの頭を撫でる。
「……」
それを見て、俺はなんだかもやもやした。琥珀は、誰にでも弟を見つけすぎじゃないか。俺にだってそんなふうにやさしいけれど、年下の少年全員を、そんなふうに見ることはないのに。
「<居留地>からは火山群島が間近に見えるんだ。噴火しているのもわかる」
「すごいなあ、遠くから煙は見えるけれど、噴火している火山を近くで見てみたいです」
少し離れたところでふたりの後ろ姿を見ていると、視線に気づいたのか、イラスは振り返って俺に微笑んだ。
「灰簾。きみもどうぞ」
イラスが火のそばの大地に刺さっていた、何かの串刺しを見せた。
俺はいやな気分になっていたことも忘れて、思わずそれを見た。火に焼かれたパンがいくつか並んでいた。腹が鳴る。すっかり空腹だった。
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