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第3話

「イラスが戻ってきてしまった。エトナさまが、助けてしまったんだな」  厳しい顔でそう言っているのは、ジャイマだった。隣にいるのはベルデだ。 「長老。そうなるべきだったんです。エトナさまは正しかった。そもそも俺は最初から反対でした。イラスを犠牲にして、俺たちだけが助かろうなんて。生贄を出すことを<居留地>ではやっていると聞きますが、誇り高い行いだとは思えません」 「しかし、これ以外に、<純血>を保つ方法がないのはおまえもわかっているだろう?」 「そんな、イラスは何も知らないのに。<光の一族>の生贄として、たくさんの同胞が殺されていると聞きますよ」 「イラスは体も弱いし、何よりおまえと血がつながっている。村に残してきた女たちの中で、ついにレーニアが死んだ。先日、黒煙が上がっていたからな。残った女と結婚できる血縁は、おまえか、イラスのどちらかしかいない。自分と彼のどちらかしか残せないとき、おまえは彼を選ぶのか?」  左腕がひどく痛む感じがして、俺は自分の左腕を見た。見覚えのある傷。俺は自分がイラスになっていることに気がついた。  俺がイラスの夢を見ているのだろうか? 「あなたの言うことはわかりますが……、だからといって、本人にも何も告げずにただ使いにだけやらせるのは非道では? 結局、彼も自分が生贄だと理解していないからこうやって逃げて戻ってきたわけで、目的すら達成できていませんよ」 「じゃあおまえが、イラスに話してやれ。おまえは我々の生活を守るために、<光の一族>に差し出された生贄だから、戻ってくるなと」  イラスが、このひとたちを守るために差し出された生贄?  心臓がズキリと痛む。イラスの痛みか。  寂しげに微笑んで、ベルデの一番でなくなると言ったイラスを思い出した。  彼は、こんな会話を聞いてしまったのだろうか。いつ? 昨日の夜? 「なんだか、うるさいですね」  唐突にベルデが言った。彼は立ち上がり、闇の中を見ている。 「……やつらだ!」  彼は小さく叫んで駆け出していた。 「何?」  ジャイマもすぐに立ち上がって彼を追いかける。  ふたりが駆けだした方向を見ると、闇の中にチラチラと炎が揺れている。  俺は、慌ててふたりを追いかけた。  近づくと、琥珀がすでに起きて見知らぬ男たちと戦っていた。その姿を見て、俺はほっとしてしまう。夢なのに。  見知らぬ男たちは十人以上はいそうだ。ベルデも参戦していたが、子供もいて戦いづらそうだ。イラスはこの場で戦うより、逃げる方がいいと判断したのだろう。らくだを結びつけたところまでいくと、それを子供たちのところまで連れていき、ひとりひとり乗せていく。 「イラス、灰簾を頼む!」  聞き慣れた男の声がして、俺は振り返った。  そうしてそこで、目が覚めた。
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