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第2話
「琥珀が、言っていたこと?」
「うん。きみには関係ないっていうこと」
それを聞いて、俺はまたいやな気持ちがした。仲間だっていうのに、そう言われるのは意味がわからない。
黙った俺がへそを曲げたと思ったのか、彼はやわらかな口調で続ける。
「だって、あいつらが狙っているのは僕ら<火の一族>だけなんだ。きみはたぶん、違うだろう?」
そう言われて、俺ははっとした。最初の夜に聞いた<創世記>。
<光の一族>は<火の一族>を襲い、神から与えられた火を集めにやってきた。そうして、彼らは<奪う者>と呼ばれるようになった。
「あのひとたちは、<光の一族>で、きみたちを襲っているの?」
俺が尋ねると、彼は少し沈黙して、ためらうような雰囲気があった。
何か違うのだろうか? いずれにしても、俺はきっと、彼らとは同じ一族ではないのだろう。自分は何者かはわからないけれど。
彼らの中には俺のように黒い髪のひともいないし、紫の目のひともいない。肌の色も、今一緒にいるひとたちは琥珀のように浅黒いひとが多いが、俺は色が薄い方だし、言葉もわからない。彼らの名前の響きも、俺は今まで聞いたことがない。
どちらかといえば、今までいた<黒き石の大陸>の人間の方が俺に似ていたし、言葉がわからないだけで、俺も<石の一族>なのではないかという気がする。楔も、俺と似た髪の色をしていたし。
「……違う。僕は<光の一族>を見たことはないんだ。彼らは<楽園>に住んでいて出てこない。僕たちを襲うのは、<石の一族>か<水の一族>。<創世記>でも、彼らは<光の一族>の味方をしているという話だろう? さっきのやつらは、たぶんこのへんに多い<水の一族>だ」
そう言われて、俺はあることに気づいた。<創世記>のとおり、この世界に四種類の一族があるのだとしたら、俺はきっと<石の一族>か<水の一族>なのだろう。つまり、イラスたちを襲っている一族なのだ。俺は、彼がそれを言うのをためらったのを理解した。彼を襲ったのが俺の一族だったからって、孤児の俺にはなんの関係もないけれど。でも。
「そう、だね。俺は、自分が何者かわからない。でも、きみたちとは同じではない、かな」
「うん。エトナさまもきみが拾い子だと言っていたね。だから、きみには関係ないことなんだ。たぶんそれは、……幸福なことだよ」
イラスはもう一度繰り返した。
「きみが、この世界と関係がないこと、何者でもないことは、とても幸福なことなんだ」
一晩中移動して、太陽が高くなる。太陽の下に連なる山並みが見えた。あれはどのくらい遠くなのだろうか。
一番暑い時間は移動に向いていないからだろう、岩陰に寄ると、イラスたちはそこで荷物を下ろし始めた。俺も手伝う。
「痛……」
俺が渡した荷物の渡し方が悪かったのか。イラスが思わず声を上げて、俺は彼を見た。
荷物にこすれてめくれあがった彼の袖の内側が、赤く染まっている。昨夜の怪我だろうか、それとも、俺たちと最初に街で会ったときの?
「あ、怪我……」
俺は思わず、彼の腕の内側に唇を寄せた。血のにおい。
「大丈夫」
イラスが慌てて、その腕を抱えるように俺から隠した。
俺も、自分がなぜそんなことをしたのか、改めて考えるとよくわからなかった。
「あの、ごめん。でもそれ、洗っておいた方がいいんじゃない? 砂が入ってる」
ざらざらとした舌の感覚に、俺が言うとイラスは曖昧にうなずいた。
視線を逸らした彼の表情に、俺は気がつく。そうか。あまり水がないのか。
「大丈夫」
彼はそう言うと、地面に落とした麻布の上に座り込んだ。
「おいで、灰簾。日の高い昼のうちに寝ておこう」
俺は、自分のぶんの水をあげるとも、どこかで水を探そうとも言えずに、その隣に座った。
彼は俺以上にこの砂漠のどこに水があって、どのくらい必要なのかわかっているはずだった。
俺は何も言えずに、体を横にする。そうだ、せめて自分の体力くらいは万全にしておかなくては。
目を閉じる。琥珀は、大丈夫なんだろうか? 昨夜の血なまぐさい光景が脳裏に浮かびあがる。
ひとが殺し合いをしていた。誰か、死んでいただろうか? 誰が?
琥珀が、人殺しをしていたのではなかったか。
琥珀。
早く合流したい。
その名前を心の中で繰り返し呼んでいるうちに、俺は眠りに落ちていた。そうしてまた、夢を見た。
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