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第5話
イラスと琥珀はどこか、少し離れたところでふたりで話しているようだ。
ふたりの姿は見えず、俺はふたりが戻ってくるのを待った。モヤモヤする。
合流してきたのは琥珀だけではない。他のひとは、昨晩戦って疲れたのか、血に汚れた服のまま至るところで眠り込んでいた。少し、人数が減っている。
(イラス……)
俺は、さっき自分が見た夢を思った。
自分が仲間たちから生贄にされたと知って、イラスは苦しんでいるに違いない。特に、彼が大切な友達だって言っていたベルデもそれを知っていたんだ。でも彼はそんなことを、年下の俺の前でも、仲間たちの前でも話せないだろう。
自分より大人の、よそ者の琥珀にならきっと聞いてもらえる。
だから彼が琥珀と話したいのだろうということはわかったけれど、俺は落ち着かなかった。
琥珀が帰ってきたら、俺が一番に抱きついておかえりと言ってあげたかったのに。俺は琥珀に選ばれた仲間なのに。
琥珀は俺の方を見もせずに、イラスに大丈夫だよと微笑んだのだ。
イラスにその言葉が必要なんだと、それは俺にもわかるけど。それでも、ここに来るまでは、琥珀の笑顔が俺のものだったのに!
イラスがいなければよかったという自分の気持ちに気づいて、俺は自分がいやになる。
琥珀も言ったように、関係ないのは俺の方なのに。
俺はふたりを探そうと思った。ふたりがいなくなってからもうだいぶ経ったから、俺が行っても別にいいだろう。砂漠でそんなに離れることもできないだろうから、そんなに遠くには行っていないはずだ。
「あなたの弟さんが?」
少し歩いたところで、岩陰の上の方からイラスの少し高い声が聞こえた。俺は出ていっていい状況か、耳をそばだてた。イラスが泣いていたりしたら出ていきにくい。風が強くて聞きづらかった。
「……そう、俺は留学したとき、何も知らなかったんだ……」
琥珀の声。俺に向けては一度も見せたことのないような、心細げな。
その声を聞いて、俺は琥珀をぎゅっと抱きしめたい気持ちに駆られた。<灰>のところで、寝ながら泣いていた彼を見たときみたいに。
「……居留地では、生贄は普通のことだったんですね」
「そうだった。大人たちはみんな知っていたけど、俺たちにうまく隠してた。だけど、子供が留学する家は、代わりに他の兄弟を出すことになっていた。だから、俺が留学するなら、あいつは俺の代わりに生贄にならなきゃいけなかった。最後には、アミアータも知っていたんだと思う。あとから思い出すと、ずいぶん悲しそうな顔をしてたから。ただ、みんな俺が留学するまで黙っていたんだ」
俺の脳裏に、夢で見た彼の弟の顔が思い浮かんだ。留学が決まった彼を、悲しそうな顔を見ていたあの子。
彼は、留学したいと言っていた琥珀の代わりに生贄になったのか。それで、彼は泣いていたのか。
「知っていたら、あなたは行かなかった?」
そう問いかけるイラスの言葉は、自分が聞きたいと思っていたことと同じだった。
「……どうかな。アミアータが生贄になったことを知ったときは、もう手遅れだったけど、そうでなかったら俺は行かなかっただろうか」
少しの沈黙。さらさらと、風が砂を運ぶ音がする。
「あのとき、俺は純粋に信じていたんだ。俺が留学して知識を身につけて、居留地の生活からみんなを助けてやるって。それは、俺でなくてもよかったのかもしれない。でも、誰かがその役割をやる必要がある。それは俺の家族でなくてもよかったのかもしれないけど、誰かが」
琥珀が、深いため息をついた。
「俺は留学したら弟が犠牲になることを知らなかったけど、少なくとも、留学して居留地の生活を変えたいと思っていた。そう思っていない人間に押しつけたってしかたない。大学に入れる学力と体力があって、さらに居留地を変えたいと思っている人間は限られている。誰かがやらなくてはならないなら、その運命を選ぶのが俺でなければいいと思うことが、正しいのかどうか」
「ではあなたは、一族のために身内を犠牲にして留学したことは正しかったと?」
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