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第6話

「それが正しくなかったら、俺はなぜ今も生きているんだろう?」  そのとき、ことさらに強い風が吹いて、俺の首に巻いてあったスカーフが舞いあがった。 「灰簾?」  琥珀の声がして、俺はふたりの方に行った。今岩から飛び降りた様子の琥珀が、俺のスカーフを拾い上げている。  気まずいが、何も言わないわけないわけにはいかないだろう。 「戻ってこないので、心配で探しにきました」  琥珀は俺を見て微笑んだ。 「悪いな。ありがとう」  その笑顔を見て、俺の胸はきゅっとした。俺は嘘をついている。心配だったのは、琥珀の安全などではないのに。  岩の上に腰掛けているイラスが物言いたげな顔で、俺を見ている。彼には、俺が彼を邪魔だと思っていることが伝わっているのかもしれない。 「灰簾、ごめんね。エトナさまをきみに返すよ」  イラスが俺を見て言った。 「別に、謝ることなんて……」  イラスも岩から飛び降りて、右手で腰回りの砂を払った。琥珀に向けて微笑む。 「僕、先に戻ってますね。灰簾にも、火山を見せてあげて」 「ん、あとでな」  琥珀はそう言ったイラスの頭を撫でる。それを見て、俺はまたイライラした。 「ごめんね」  イラスはもう一度そう言うと、しばらく俺と琥珀を見つめて、そこを去った。 「灰簾、おいで」  俺に向かって、琥珀が微笑む。 「なんですか」 「ほら、こっち」  琥珀は俺を抱き上げて、さっきまでイラスがいた岩の上に乗せる。 「えっ」 「ほら、そこ跨いだら座れるから」  俺は慌てて目の前にあるものをつかんだ。岩の出っぱったところに、座ったような状態になっていた。少し斜めになっていて、風も強く、滑り落ちそうで少し怖い。 「よっと」  琥珀は身軽に岩のくぼみに足と指を引っかけて、俺の隣に座り込む。  すぐそばに、彼の体温が感じられて俺はドキドキした。 「ほら、見ろ」  言われて、俺は彼の指さす方に顔をやる。 「えっと、あれが火山ですか?」  目の前がひらけた。遠くに海。その彼方に小さく見える島々から、煙がもくもくとあがっている。 「そう。あれが火山群島の火山。俺の故郷のすぐ近くだよ」  俺の故郷。  俺は琥珀が初めて、自分のことを俺に話したことに気づいて、彼の顔を見る。 「<居留地>でしたっけ?」 「そう。イラスたちみたいに、砂漠で生活できなくなった<火の一族>が、生贄と引き換えに一定の身の安全を守られているところ。言葉も、自由も取り上げられた、ろくでもないところだったよ」 「だからあなたは、この世界から、<火の一族>を解放しようとしているんですか」 「そうだな。生贄を出して偽りの平和を保つ<居留地>の生活も、その外で暮らしていて常に襲われ続ける<純血>の生活も、なぜ俺たちだけが強いられないといけないのか、俺にはわからない」  そう呟く琥珀の横顔に、俺は見とれた。厳しくて、寂しそうで。俺が支えてあげたいように思えて。 「あの、俺が手伝うのは、そのことですか?」  俺が尋ねると、琥珀は唇の端を上げただけで、答えなかった。  違うのだろうか? 昨日関係ないと言われたところだし、俺には関係のないことなのかもしれないけれど。  でも孤児の俺なら、都合がいいのかもしれない。誰の味方でもないのだから。  俺は自分の仲間だとは思わないで、襲ってきたやつらを殺せるだろう。俺の仲間は琥珀だけだから。琥珀を傷つけるひとなら、誰でも。 「あ、」  また強い風が吹いて、俺は慌てて琥珀をつかんだ。岩肌を滑り落ちそうだ。 「おっと」  琥珀は俺の後ろに移動すると、俺を抱き上げて、落ちそうな俺を支える。  久しぶりの彼の体温に安心する。そう、そばにいると安心だって、琥珀も言っていた。 「琥珀……」  嬉しくなって振り返ろうとして、俺はイラスのことを思い出した。彼も、こんなふうにここに乗せたのだろうか?  とたんに気持ちが沈んでしまう。 「あなたは、かわいそうな子供を見るとすぐにかわいがりますね。俺も、そうですか?」
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