32 / 51

第7話

 思っていた以上に言葉に棘が生まれてしまった。 「どうした、灰簾? どうしてそんな、不満そうなんだ?」  不思議そうに、琥珀が聞いた。 「わからない。わからないけど、あなたがイラスをかわいがるのを見ているのはいやです」  琥珀の笑う声。頭を撫でられる。 「おまえは、仲間だろ。特別だ」  とくべつ。その言葉を、俺はもう一度胸の中で転がした。苦しい。胸がきゅうっとする。誰にもその言葉を渡したくない。 「特別……本当ですね?」 「ああ、本当だ」  そう言って覗き込んできた彼の首をつかまえて、俺は抱きついた。 「どうしたんだ、灰簾。子供みたいだな」  俺の背中をとんとんと叩いて、彼は言う。ずっと子供扱いしているくせに。  俺は、最初の夜にイラスが話していたことを思い出す。  そうだ。 「たぶん、俺は、あなたに恋する呪いがかかっています」 「何?」  琥珀の手の動きが止まった。俺は、彼の首に回していた腕に力をこめる。 「イラスが言ってたんです。誰かを独占したくなる呪いがあると」 「灰簾。イラスはそう言ったかもしれないけど、独占欲は恋以外にもあるよ」 「琥珀、俺はあなたにイラスに触れてほしくないです。イラスはかわいそうだと思うけど、やさしい顔で見てほしくないし、あなたの苦しみについても彼じゃなくて、俺に話してほしいです。イラスのことが嫌いなわけじゃないんです。でも、琥珀が誰にでもやさしいのがいやです。これは、恋とは違うものですか?」  俺は腕をゆるめて、琥珀の顔を覗き込んだ。困ったような表情。 「……俺にも、よくわからない。俺にはいらないものだから」  イラスも言っていた。恋は<火の一族>のみんなにとって、とてもよくない呪いなのだと。  だから、琥珀が困るのも無理はない。 「はい。我慢するしかないと、イラスも言ってました。だけど、さっき、特別って言われたとき、苦しかったです」 「苦しかった?」 「違う、そうじゃなくて……」  俺は慌てて言葉を探す。さっき、俺が思ったのは、俺がその言葉を独占したいということで、だから、つまり……。 「苦しくなるほど、うれしかった」  俺は彼の首の周りに回していた腕をほどいて、片方のてのひらで、彼の頬を撫でる。 「灰簾」  途方に暮れたような、琥珀の声がその唇から漏れた。俺が困らせている。わかるけど、どうしたらいいのか。  俺はそっと、自分の唇で彼の唇に触れた。  その瞬間、今までに感じたことのない悦びが俺の胸を駆け抜ける。  励ましたいわけじゃない。そうだ、こうやって、彼に触れたいだけ。こんな風に彼に触れるのは、俺だけにしたい。  なんだっけ。『私の炎を、あなたのために消したい』。イラスは、それが火の一族の言葉で、愛しているという意味だと言った。  俺には炎はないから、よくわからない。俺に、そんな気持ちがあるとは思えないけど──。 「琥珀……」  どうしたらいいのかわからないまま、うっとりとした気分でその端整な顔を眺めていると、琥珀が言った。 「灰簾。さっき話したけど、俺は<火の一族>を解放するんだ。誰かに独占されたりはできない」  それは、俺にもわかっていた。琥珀は独占できない。 「わかっています。あなたはみんなのもの。でもお願い、少しだけ。あなたを俺に独占させてください」 「灰簾」  琥珀はまだ、困っている顔のままだった。 「少しだけです。しばらくこうしてください」  そう言って、俺は自分の頭を彼の胸に預ける。  やがて、ため息とともに琥珀の声がした。 「……ん、少しだけな」
ロード中
コメント

ともだちにシェアしよう!