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第10話
どのくらいまどろんだのだろう。そんなに長い時間ではなかったはずだ。俺たちが地面に横たわったのは、夜がもう、その威力を失いかけていたころだった。
琥珀は今までそうしていたように、俺をその腕の中に抱きかかえてきた。
俺は今日は自分以外の人間が彼のそばにいないことを、ひそかに嬉しく思いながら、彼の髪をそっと撫でる。彼は抵抗しなかった。すぐに、死んだような深い眠りに落ちていたからだ。
あたりまえだ。彼は疲れている。
俺は日中も寝ていたけれど、そんな彼に引きずり込まれるように、すぐに眠りに誘われた。まるで、砂漠の砂の奥底に誘われるように。
(琥珀……)
なんとなくまた、彼の夢を見るだろうと思ったのだけれど、やっぱり俺は琥珀の夢を見た。
どこだろう。とても寒いところだった。雪が降っていた。雪。石の大陸では、たまに降った。
琥珀は雪の降る中で、俺の見たことのない石造りの建物の階段で、ぼんやりと座り込んでいた。
「エトナくん」
ふいに琥珀の隣で声がして、彼は顔を上げる。隣に、見知らぬ眼鏡の、中年の男性が座っていた。
「我々の仲間にならないか?」
唐突な言葉に、琥珀は怪訝そうな顔で彼を見る。
「えっと、あなたは……」
「『異文化理解学』の助教授の|天河《テンガ》だよ」
「ああ、入学式でお見かけしましたね」
「きみは、あの噂を聞いたんだろう?」
「何を?」
「<居留地>で子供が留学している家は、それ以外の家族を生贄に差し出している。きみは家族に愛されていたんだな。きみが気づかないように、秘密にしていたんだろう」
「なぜそれを……!」
「なぜって、僕も<居留地>から留学した子供だからさ」
「でも、あなたの名前は」
「もともとの名前はスニルだよ。その名前は、ここでは使わないようにしているが」
「どうしてですか?」
「これからの話は、誰にも言わないと約束できるかい?」
「別に、言いつけるひともいませんが」
「この大学には、<抵抗する者>という組織がある。つまり、我々が、この世界に対して抵抗しようという秘密の集まりだ」
琥珀は、鋭いまなざしでそのひとを見た。
「我々というのは、つまり……」
「そう、<火の一族>が、虐げられているこの世界を変えるために集まっている。今の代表は僕。まあそれでね、あやしまれないように名前を変えているわけだ」
「あなたは、生贄を出さなくてもいい社会を作ろうとしているっていうことですか?」
「簡単にいえばそう。仲間になるかい?」
「なります、俺も世界を変えたい」
「そうか。じゃあ、名前を考えないと」
「あ、名前……」
「そう。本名ごと、別の一族の名前にしてもいいが、すでに入学の記録に残っているから、大学の名前はそのままでもいい。どこかで死んだことにすればね。ただ、活動のときに本名というわけにもいかないだろ」
「そう、ですね」
「そうだな。琥珀にするか」
「琥珀?」
「そう。きみの髪の色が、そんな感じだからな。<石の一族>のやつらは、だいたいそんな感じで名前を決めている。外見のどこかと、同じ色の石の名前。僕はこれ」
彼は自分の目元を引っぱった。青緑の眼球が現れる。
「最近はこっちで呼ばれる方が多いから、だいぶ馴染んできたな」
「えっと、わかりました」
彼はふふっと笑った。
「きみもまあ、そのうち馴染むだろうさ。面白くもない話だが」
琥珀はため息をついて、空を見上げる。
雪。寒い……。
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