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第9話

 そうだ。たぶん、それが一番、彼らの人数が減らないやり方だった。昨日襲われてから戻ってこないひとたち。きっと、彼らは死んだ。  最初にイラスがつかまっていれば、そのひとたちは死ぬ必要がなかった。  だけど、俺はモヤモヤした。誰かひとりに不幸を押しつけることは、いいことなんだろうか。  たぶんきっと、俺たちが元いた<黒き石の大陸>では、不幸を押しつけられるのは<王国>の子供たち。きっと、そういうときに見捨てられるのは自分だった。そう思うと、俺は許せない気持ちに襲われる。  イラスは体が弱いから。そんな理由で。 「そう思うなら、どうして街に向かっているんですか」  俺は琥珀に尋ねる。イラスを助けるつもりがないなら、彼は街で何をするつもりなのか。 「わからない。じっとしていられなくて」  彼は小さく、首を振った。俺の指に彼の頬の感触。  それは、琥珀が俺に初めて見せた不安げな表情だった。今まで彼はすべて確信に満ちて、何もかもわかっているように話していたのに。今の彼は、不安で傷ついていて、小さい子供のような顔をしていた。  琥珀は、どの子供にも彼の弟を見ていた。俺にもそうだし、イラスにもそうだ。  彼にとって、イラスを失うことはもう一度弟を失うことだろう。それはつらいはずだ。そのくらいなら、街に向かわない方がいい気がした。もう一度彼が見殺しにしなくていけないなら。 「琥珀、あなたはどこに向かうつもりなんですか?」  琥珀は黙っている。 「あの。少し、落ち着かなくて大丈夫ですか? このまま街に行ってあいつらに会っても、どうしていいのかわからないままでは、怪我をするかもしれないし」  不安になって、俺は言った。彼は昨日彼らを傷つけているし、もしかしたら殺したのかもしれない。そんなひとたちと鉢合って、無事でいられるかもわからないのに、彼がどうしたらいいのか決まっていないなんて。  俺は、彼がどう決断しても彼の望むとおりにしたいと思った。だけど、今の琥珀は自分でも決められていない。  そんなときに、状況だけが悪くなってしまったら。俺は別に剣術を学んだことがあるわけでもないし、体も子供だし、彼を守るには力が足りない。 「琥珀、もう一日以上寝ていませんよね? 少し、休んだ方がいいですよ」  俺は日中寝ていたけれど、琥珀は俺たちと合流してからイラスと話して俺と話して、まったく寝ていないはずだ。  そのことにやっと思い至って、俺は彼の頬に触れていた手を下ろして、彼の肩を揺らした。 「ねえ、琥珀」  琥珀はやっと、俺を見る。 「……そうだな。俺は冷静じゃない。少しだけ寝よう」  俺は自分の考えを琥珀が認めてくれて嬉しかった。もちろん、イラスを助けるなら、急いだ方がいいのかもしれないけど、今の琥珀じゃ危ない。  琥珀は一番近くに見える岩影の方にらくだを走らせた。
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