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第一章 編入初日1
新緑が香る気持ちの良い五月の上旬。
爽やかな風と優しい日差しが、学園内のそこかしこに日溜りをつくっている。
そんな麗らかな午後とは裏腹に、俺の気分は奈落を目指して真っ逆さまに急降下中…。
私立月城学園 の理事長室。
座り心地の良い革張りのソファに深々と腰をおろし、なぜか真横に座っているこの学園の理事長と楽しく談話している……、わけがない。
全然楽しくないっ。
そもそも、理事長なんだから隣じゃなくて前に座るのが普通だろ。なんで俺の横に座ってんだよ!
「ん?…その目つきはなんだ」
「不満の目つきに決まってるだろ」
思いっきり横目で睨んだのに、フッと鼻先で笑われた。
昔から思ってたけど、コイツの性格の黒さはどうにかならないんだろうか…。
顔の良さと性格の黒さが完全に比例している(顔が良ければ良いほど性格も黒いってやつだ)
これ以上ここにいても良い事は一つもない。それに、早く寮部屋の片づけもしたい。
「…って事で、もう入寮しに行っていいだろ?」
「ダメだ。久し振りに会った従兄弟ともう少し一緒にいようと思う気持ちがお前にはないのか。二人きりの時間を堪能してもいいだろう?」
「…堪能しなくていい…。おまけに全然久し振りじゃないし!2~3日前に俺が咲哉 の家に行ったのを忘れたとは言わせないからな。……あの時は何も言わなかったくせに…」
そう、ついこの間、咲哉の家である西条 家に行ったばかりだ。
だから「久し振り」だなんて事はありえない。
だいたい、コイツが理事長だなんて、編入の話を持ちかけてきた時点で:高哉(たかや)は一言も言わなかった。
…知ってたら親がなんと言おうと絶対に来なかったのに…。
詐欺だ。絶対に悪徳詐欺だ。
今のこの最悪な状況は、数週間前の、俺の従兄弟でもあり咲哉の弟でもある高哉の発言から始まった。
『いくら次男でも、天原 の人間が普通の公立校にいるのはどうかと思う。将来的な事も考えて月城に行った方がいいよ』
この発言に後押しされた両親は、
『そうだな、やはり高哉君もそう思うか…』
『編入するなら早い方がいいわ。すぐにでも手続き取りましょう』
と、半強制的に、……いや…、完全に強制的に、俺を月城学園へ編入させる事に決めてしまった。
上流階級特有の空気が嫌いで、両親の反対を押しきってまでわざわざ普通の公立高校に行ったのに、高哉のせいで全てが水の泡だ。
こんな途中から編入するくらいなら、最初から月城に行ってた方がまだ良かった気がする…。
確かに俺の家、天原 家は上流階級に属している。それも、属しているどころかその中でもかなりの力を持っている。
だから、両親の気持ちや高哉の言う事もわからなくはない。
上には宏樹 兄と香夏子 姉がいて、俺は末っ子の立場だけど、それでも天原の直系という事に変わりはない。
でも、だからって何もわざわざ転校させる事はないんじゃないか…?
この暴挙とも言える編入劇にそう文句を言いたかったけれど、…家族に養われている立場で偉そうな事は言えない…、と諦めがついたのは、実は編入日前日の夜、…要は昨夜のことだったりする。
…いい加減女々しいな、俺も…。
そんなこんながあって、編入初日。
黒いゴシック調の制服を身に纏い、都会の雑踏から離れた山奥にある門の前に立った。
以前、車でこの前を通った事があったけど、その時はまさかここが月城学園だとは思ってもいなかった。
県とか国が保有している森林公園の敷地だとばかり思っていたのに…。
木々に邪魔されて中が見えないって、いったいどれだけ広いんだよ。
茫然…というより、何を考えてこんなに広い土地に学校を建てたんだ…と呆れながらも、緑の薫りただよう敷地に足を踏み入れた。
外から見るとまるでジャングルのようだと思った敷地内は、意外な事にしっかりと整備されていた。…まぁ、それが当たり前なんだけど…。
妙に感心しながら校舎へと続くコンクリートの小道を辿り、まずはこんな時期に無理やり編入する事を許してくれた理事長に挨拶をするべく、受付の事務室にいた若い男の人に場所を聞いて理事長室へ向かった。
そして、ようやく辿り着いた目的の場所。理事長室。
目の前にあるマホガニー調の重厚な扉からは、さすがとでも言うべきか…格式高い威厳が感じられる。
ここに辿り着くまでに感じた事だけど、この学園内、相当の資金がかかっている。
総レンガ作りの建物もそうだけど、廊下の壁にさりげなく掛かっている絵や調度品が凄い。
たぶん理事長の趣味なんだろうけど、さすがお坊ちゃん学校だな…。
今までいた高校だったら、こんな物は半年もしないうちに傷物だ。
そんな事を考えながら、一呼吸おいて扉をノックした。
扉が厚いせいか、中から応えの声が聞こえない。けれど先ほどの事務員が「理事長は部屋にいらっしゃいますよ」と言っていた。という事は不在ではないはず。
少し考えたのち、思い切って扉を押し開けてみた。
「失礼します。今日編入してきた天原深 です」
挨拶とともに理事長室に足を踏み入れると、それに合わせて奥の机に座っていた理事長と思われる人物が顔を上げた。
…よかった…、やっぱりいたんだ…。
安堵しながら改めて頭を下げようとした瞬間、目を疑った。
…は?…嘘……だろ?
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