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編入初日2

顔を上げた理事長と思わしき人物。…いや…、この人物が理事長だとは思いたくない、が…。 なんでコイツがここにいるんだよ! 頭を下げる事も忘れて呆然と立ち尽くす。 「咲哉…?…え?…なに、どういう事?」 理事長席に座っていたのは、俺の従兄弟の西条咲哉(さいじょうさくや)だった。 その顔に薄っすらとした笑みが浮かんでいるのを見てとれば、俺に理事長の正体を明かさなかったのはワザとだったという事がわかる。 西条兄弟の陰謀か、これ…。 今すぐにでも回れ右をして帰りたくなってきた。 「深、なんだその嫌そうな顔は。理事長に向かって失礼だと思わないか?」 ニヤリと性格の悪そうな笑みを浮かべながら真っ当なセリフを言ってるけれど、普通の理事長相手だったら俺もこんな態度とらないって…。 驚きの後にやってきたのは、脱力感と微妙な憤り。 溜息の一つや二つも吐きたくなる。 部屋の真ん中辺りで足を止めてジ~っと疑惑の眼差しで見つめていると、椅子から立ちあがった咲哉が楽しげな笑いを浮かべて目の前まで歩み寄ってきた。 かなりの長身で体格も良い相手に、思わず半歩だけ後退る。 ダークスーツ姿でこの鋭く端正な容姿。迫力あり過ぎなんだよ。 内心で最後の足掻きとばかりに悪態をつくも、状況は何も変わらない。それどころか悪くなる一方だ。 顎先を咲哉の指に掴まれて無理やり仰向けさせられたと同時に耳に入る、ろくでもない呟き。 「いつ見ても美人だな、お前は」 人の顔をまじまじと見つめながらそんな寒気がするような事を堂々と言ってくる相手に、やっぱり…と確信した事がある。 今更になって、高哉が俺の学校の事に口出しするなんて変だと思ってたんだ。 …今回の件、絶対に咲哉の差し金だ…。 「…俺を編入させようとしたの、咲哉の陰謀だろ…」 顎を掴まれたまま遠慮なく睨みあげると、当の本人はとぼけるように両肩を竦めた。 「人聞きが悪い事を言うな。俺はただ、深は月城に来た方が今後の為にもいいはずだ…って高哉の前で言っただけだぞ」 それだよ、その一言が事の始まりなんだよっ。 前から俺の行く末をやたらと心配していた高哉にそんな事言ったら、こうなる事は目に見えてるだろ! …この腹黒策士め…。 悔しくなって唇を噛みしめた。いいように人に動かされる事ほど情けない事はない。 顎を掴まれたままの状態に腹立たしさを感じ、顔を横に背けて顎から指を外させる。 「もうここに編入が決まってるし、今更どうにかしようとか思ってないけど。…でも、俺はこれ以上お前の思う通りには動かないからな」 とりあえず自分の意思はしっかり伝えておかないと、咲哉のことだから今後も何をしでかすかわかったものじゃない。 だからこそ、憮然としながらもハッキリ言い切ったのに、そんな俺の何がおかしいのか咲哉が目を細めてクッと笑った。 「お前のそういう悔しそうな表情が俺を煽るって、いい加減に気づいたらどうだ?」 「は?…煽るって…、なに言って…。…あ…っ…、咲哉!」 …油断した。 不意を突かれ、気付けば咲哉の長くて力強い腕が俺の背中に回されていた。 そして、離れることなど許さないとばかりにきつく抱きしめられたせいで、心臓の鼓動が全身に広がったみたいにドクンと脈打つ。 緊張なのか驚きなのか…、自分でもわからない焦りに必死になって体を押し離そうとした時、咲哉のスーツの胸元からフワッと漂った香水に懐かしさを感じた。 森林を思わせる深い香り…。…咲哉の匂いだ。 …って、懐かしがっている状況じゃない! 「ちょっと…、咲哉!」 相変わらずの手の早さ。 これまでも、なにかとスキンシップの激しいこの相手に、こうやって何度隙を突かれた事か。 とにかく逃げないと、大人しくしていたら何をされるかわかったものじゃない。 慌てて身を捩り、なんとか腕の中から逃れようとした。けれど、そうやって抵抗すればするほど更なる力で抱きしめられる。 「大人しくしてろ。だいたい、お前がいつまでもフラフラしてるからこうなるんだろ?」 「フ…フラフラなんてしてない!俺が公立の普通校に通ったっていいだろ?咲哉には関係ない!」 どうして俺の行動を制限しようとするんだ!…って、本当に腹が立った。 両親が言うならわかる。けれど、咲哉は…、咲哉なら…俺の気持をわかってくれていると思ってたのに…。 なんとなく裏切られた気分で、八つ当たりのように言い捨てる。 でも、最後の一言が余計だった。 「関係ない…?…へぇ…、そういう可愛くない事を言うのは、この口か?」 そう低く呟いた咲哉の瞳が剣呑に細められ、その中に何故か艶めいた光が見えたと思った瞬間、 「…ッ…ん…!」 強引なまでの激しさで唇が重なった。 後頭部を手で掴まれて仰向けに固定され、俺が逃げられないのを承知で、まるで刻印を押し付けるかのように執拗な口付け。 僅かに唇が離れたかと思えば、舌で下唇を舐められる。その感覚にゾクッと体が震えた。 「…ゃ、め…。ん…っ」 これ以上はまずい…と、理性が警鐘を鳴らす。それに従ってなんとか顔を背けようとしても、口腔内に入り込んできた舌に我が物顔で蹂躙される。 その熱さに呼吸が詰まり、もうこれ以上はダメだ…と、体を支えきれなかった膝がガクッと崩れ落ちた。 そこでようやく開放される。 床に両膝を着いて座り込んだ俺を見下ろす咲哉の顔には、色気を含ませた男の表情が浮かんでいた。 「…信…じられない…。…っ咲哉の馬鹿!」 悔し紛れに言い放つと、言われた当の本人は余裕の顔で笑いながら俺を抱き上げる。 …それも横抱きで…。 これにはもう怒りで拳が震えてくる。ここまでくると絶対に嫌がらせとしか思えない。 「おろせよ!」 「はいはいお姫様」 ふざけたように言って額に軽く口付けてきた咲哉は、次の瞬間、まるで荷物のように俺を放り投げた。 おろせとは言ったけどまさかこういう下ろされ方をされるとは思わず、次の瞬間に来るだろう衝撃を予測して固く目を瞑る。 …しかし…。 ドサッ 「…あ…れ…?」 俺の体を包み込んだのは、多少の反発はあるものの、柔らかくてスベスベした何かだった。 目を開けて確かめると、放り投げられたのは応接用の革張りのソファーだという事がわかってイラッとする。 …コノヤロウ…。 絶対に俺が驚くのをわかってやっただろう相手に、本日何度目かの怒りが込み上げる。 けれど、当の本人は何食わぬ顔で隣に腰を下ろした。

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