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編入初日3

…そして現在に至る。 「お前の寮の同室者は、黒崎秋(くろさきしゅう)だ」 「………」 まるでさっきまでの事などなかったかのように手元の書類を見ている相手に、溜息がこぼれる。振り回されてばかりだ。 隣に座るその横顔を眇めた眼差しでジロリと睨んだ、けれどそこで思わぬ不本意な事態が発生した。 ハッキリ言って、咲哉は格好良い。 180以上ある長身に、茶褐色の髪。意志の強さがうかがえるアーモンド型の男らしい瞳。 俺と同じロシアの血が入ったクウォーターなのに、俺は先祖返りのおかげで色素は薄いし、170㎝まで後一歩というところまできて身長は伸び悩むし…本当に大違いだ。 悔しいけれど、認めたくないけれど、男として憧れるほど格好良い。 何が起きたかというと、つまり、…睨んだつもりが見惚れてしまった…という事だ。 …いくら目の保養だと言ってもありえないだろ俺…。 確かに、誰から見ても間違いなく容姿は最高。 頭もいい。 血筋もいい。 でも一番重要な中身が極悪。 そんな奴に一瞬とはいえ見惚れてしまったなんて、あってはいけない事だ。 自分の行動に疲れを感じて、今度は咲哉のいる側とは真逆の方向に顔を向けた。 …あ、ここって緑がたくさんあるから癒されるかも…。 窓の外に見える新緑の葉に、少しだけ和まされる。 …それなのに。 「人が話をしてる時に外を見る奴がいるか」 咲哉に見咎められた。 ムッとして振り返ると、呆れたように俺を見る瞳とぶつかる。 「耳はしっかり聞いてるから問題ないだろ。咲哉の顔見てるより外の葉っぱ見てた方が全然いい」 「……この場でそういうセリフを吐くなんて、お前も大概学習しない奴だな?」 徐々に人の悪い笑みに変化する相手の表情を見て、ハッと気づいた。 墓穴掘ったかも。 喉元過ぎればなんとやらの言葉通り。 やっと咲哉の腕から解放されてこのソファに落ち着けたのに、今の発言でまた煽ったのか俺は。 思わずソファから立ち上がって咲哉から離れようとした、…けど…。 そんな俺を見てククッと笑うその姿に、今度はからかわれただけだと気がついた。 ここでまた何かされるのは当たり前にイヤだけど、これじゃまるで俺の自意識過剰みたいで、それもまたムカツク。 さっきよりも更に深い溜息を吐いてソファに座りなおし、話の続きを促そうと隣に視線を向けた。 「…っな…、なんだよ…」 視線を向けた先の咲哉の眼差しに、思わず腰がひけてしまった。 さっきまで笑っていたくせに、もうその片鱗はどこにもなく、それどころか鋭い眼差しに変わっている。 「…そうやって俺の事見るのはやめろ。心臓に悪い」 「俺がいつお前の事を見ようが問題ないだろう?お前の事を勝手に見る事が許されないのは俺以外の奴だけだ」 ……おい…、そんな事いつ決まったんだよ。 自己中もここまでくると一種の美徳かもしれない…、なんて事は死んでも絶対思わない! 美徳どころか単なる俺様だろこれ。 って思うけど、…いるんだよな…、この傍若無人さを素敵だと思ってしまっている人間が…。それも少数じゃなく多数。 俺に言わせれば皆マゾだ。 今までの咲哉のモテっぷりを思い出して脱力してしまう。 それなのに、俺様帝王本人は涼しい顔で何やら考え込んでいるようだ。 「………お前は知らないかもしれないが、黒崎は学園内外で有名人だ。それを頭に入れて行動しろ。…危ない奴ではないはずだがな…」 「学園内外で有名人って…、凄いな…」 どうやら咲哉の思考が俺の同室者に向かっている事がわかって、さすがに耳を傾けた。 気の合う奴だったらいいな…なんて思ってたけど、それ程有名だと言うのなら難しいかもしれない。 …でも。 「お前より危ない奴はそうそういないだろ」 さっきまでの意趣返しを込めてそう返すと、鼻先で笑われた。 俺の意趣返しなんて痛くも痒くもないらしい。 「まぁいいや。同室者の名前も聞いたし、もう行く。これから卒業までの間、学校内では絶対俺に関わるなよ!」 ソファーから立ちあがってビシッと指を差して言うと、今度は咲哉も邪魔はせず、俺が歩き出すのを止める事はしなかった。 思う存分に遊んで満足したんだろう。 出て行く扉の隙間から見えた咲哉は、こちらを見もしないで片手をヒラヒラと振っていた。 …最後の最後まで馬鹿にしてるな、あれは…。 妙に疲れを感じながら理事長室を後にした。

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