5 / 226

編入初日4

「寮と校舎それぞれに食堂があるのか…」 寮の入口にいた人の良さそうな管理人のおじさんからもらった学校案内を見ながら階段を上る途中、そこに記載されている校内設備の説明に思わず足を止めた。 読めば読むほど、整い過ぎている設備に目を疑う。 この前まで通ってた学校じゃありえないな、これ。 脳裏で前の学校を思い出し、そしてクラスメイトの顔まで思い出して少しだけ寂しくなる。 「…って、こんな所で立ち尽くしてる場合じゃない」 3階へ上る階段の途中だった事を思い出し、また足を動かす。 荷物はすでに部屋へ運び込まれているらしく、俺が運ぶ物はなかった。あの重い段ボール箱を担いで部屋まで行かなくていいのが嬉しい。 「310は…、え~っと…、ここが315で…。あ…、ここか…」 扉に埋め込まれているナンバープレートに、探していた《310》の数字。 ここが、今日から俺の生活の拠点となる部屋。 中途半端な時間だから、同室者は部屋にいないだろう。 目の前の扉をジッと見つめながら、まるで宝箱を開ける時のようにワクワクしてきた気持ちを冷静に抑えて、もらったばかりのカードキーを取り出そうとした。その時。 「天原深?」 突然背後から名前を呼ばれた。 「はい?」 知り合いのいないこの場所で誰かに名前を呼ばれるなんて思ってもいなくて、かなり間の抜けているだろう表情で後ろを振り向いてしまった。 口をポカンと開けている自覚はある。 案の定、俺の名前を呼んだと思われる同じ年ぐらいのその人物は、片手を口に当てて俯いてしまった。 肩が震えていることから、笑っているのがわかる。 さすがに少しだけ恥ずかしい。 「ごめん…、…ちょっと意外な反応だったから」 そう言って顔を上げた相手は、まだ口元に笑いの名残を見せてはいるものの、穏やかな視線を向けてきた。 …なんていうのか…、一言でいうと優しそうな感じ。 背が高く黒髪で、凛とした誠実そうな瞳。洋館で執事見習をしていると言われたら納得してしまうような…、そんな知的で穏やかな風貌。 でも世の中には、見た目の良さと中身が反比例している奴も存在するから、実際がどうなのかはわからない。 咲哉のニヤリと笑んだ意地の悪い顔を思い出して警戒しながら相手を眺めていると、フッとある事に気がついた。 今は5月で、普通に平日で、…おまけに太陽は真上にきている時間。 同じ制服を着ているという事はここの生徒で、普通の生徒であれば今は授業中のはず。 …もしかしてこの人、見かけによらずサボり魔? 「…ん?どうした?」 そんな俺の視線に気付いたのか、不思議そうに顔を覗きこまれる。 「どうしたっていうか…、あの…、誰?」 近くなった相手との距離に思わず一歩後退りながら、基本中の基本の事を尋ねる。 初めて会ったとは思えないくらい普通に話しかけてくるけど、こんな人知らない。 用も無いのに近寄ってくる人間には気をつけろ…と、幼い頃から耳にタコが出来るくらい聞かされている身としては、警戒せざるを得ない。 けれど、じーっと凝視する俺に対して、目の前の人物は嫌な顔ひとつせずあっさりと驚きの回答をくれた。 「あぁ、ゴメン。そうか…まだ名乗ってなかったね。俺は黒崎秋(くろさきしゅう)。寮の同室者だよ。アキでもシュウでも好きに呼んでくれていいから」 「!! アンタが黒崎だったのか!」 思わぬ展開に、黒崎を指でさして叫んでしまった。 さっき咲哉が言っていた、学校内外で有名人という噂の本人。 勝手に派手な人物像を想像していただけに、こんな知的で綺麗格好良い系の人だとは思ってなくて…、本気で驚く。 そして、またしてもそんな間抜けな俺に対して黒崎は、今度は遠慮せずに大笑いしてくれた。 「疲れただろ?どうぞ」 そう言って部屋の扉を開けてくれた事には感謝しつつも、まるで女の子扱いの行動にはちょっとしたむず痒さを感じる。 でも、お礼を言いながらその手に促されて室内に入った瞬間、むず痒さも吹き飛んだ。 この寮の外観はレンガ造りで、とても学生寮だとは思えなかったという記憶はある。 でもまさか、中までしっかりきっちりお金かかってます的な造りになっているとは思わなかった。 まず、ドアから入った短い廊下の先に、20畳前後の洋風リビング。設置されているのは、大きめのテレビと、その前にあるテーブルとL字型のソファ。 いちばん奥の壁際には小さな出窓があって、その両サイドにそれぞれの勉強机と小さな本棚がある。 そして、手前壁際の左側を見れば、冷蔵庫と小スペースのミニキッチン。 右側の壁を見れば、ドアが3つ。その3つの内、どうやら2つはトイレとバスルームらしい。 …それなら、残る1つの扉は…何? 疑問を持ってジーッとその扉を見つめていると、黒崎が笑いながら扉を開けてくれた。 「ここはベッドルーム。本当は、1人に1部屋のベッドルームを与えろっていろんな親が言ってきたらしいけど、理事長が、それでは何の為の集団生活かわからない…って、個人単位での部屋を作らなかったそうだよ」 「…そう…なんだ…」 いや、当たり前だろそれ…。と内心で思いながらも、咲哉にも少しは常識的な部分があったんだな…なんて感心したりもして…。 でもやっぱり国内有数の金持ち学校と言われているだけあって、普通じゃない。

ともだちにシェアしよう!