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学園生活48

†  †  †  † side:前嶋 深の下駄箱に中傷文が入れられてから3日後の放課後。 前嶋は、深達に宣言していた通り、今回の件に片をつけるべく動いていた最終段階の行動に突入しようとしていた。 この3日で、中傷文を送りつけた実行犯に見当をつけ、今日の放課後を指定して空き教室に呼び出したのだ。 その人物とは、北原の取巻き連中の中でも上位にいる二人。 同じ二年生の園宮(そのみや)と、一年生の大城(おおき)。 この2人は北原と同じく、相手の家柄を重視する権力主義者。 周りからは一般生徒だと思われている天原が、いくら同室だからといって天下の黒崎家の人間に関わるのが気に入らないんだろう。 もっとも、北原の場合は個人的感情も入っているとは思うけど、建て前はきっとそんなところだと思う。 …天原がどういう奴か知ったら青ざめるだろうな…。 そうなった時の、北原を含む権力主義者達の反応が目に浮かぶ。 天原といつも一緒にいる真藤と薫ちゃんが知っているかどうかはわからないけど、偶然にも天原の家の事を知った時は、権力主義じゃない俺でさえ一瞬固まったくらいだし…。 いろいろ想像したら楽しくて笑いが込み上げてきた。 空き教室の後方に詰めて並べられている机に浅く座りながらひとりで笑っていると、静かに扉が開かれる音がした。 やっと来たか…。 視線を向けた先には、扉を開けて入ってくる園宮と大城、そして意外な事に北原までもが一緒にいた。 …へぇ…、これはまた意外な展開。何しに来たんだろ。 イヤそうな表情を浮かべて近づいてくる二人とは対照的に、何故か北原は笑みを浮かべている。 たいした余裕ぶりだ。 「そんなに不思議そうな顔しないでよ」 俺の顔を見て、北原が苦笑混じりに言い放つ。 この問題の大元である北原と話すのが一番手っ取り早いからいいけど、これはかなりの人物だな。 目の前まで来た北原に笑いかけながら肩を竦める。 「…それで?僕達を呼び出した理由はなんですか?」 俺と北原が和やかに向き合っているのが気に入らないのか、なかなか本題に入らない状態に焦れたらしい園宮が、苛つきを隠さない目付きで問いかけてきた。 馬鹿だね~、わざわざ自分から聞かなくても…。 相手の単純さに笑いが込み上げてくる。 もちろん、顔には出さないけど。 「理由なんて、自分達がいちばんよくわかってんじゃないの?」 「俺は、前嶋先輩に呼び出される理由なんてありません」 大城が、僅かに顔を強張らせながらも強気な態度に出る。 確かに、“俺”には何もしてないから、そう言いたい気持ちもわかる。 けどねー。 呆れを含ませた溜息を吐きながら、2人を無視して北原に向き直った。 「遠まわしに言うの苦手だからハッキリ言うけどさ、天原に変な事すんのやめてくれない?」 言ったと同時に、制服のポケットから折りたたんであった例の中傷手紙を取り出して北原の目の前に突き付けた。 けれど、それを見ても北原の表情は余裕のまま。 「何?これ。…へぇ~、こんなヒドイ事書く人もいるんだね~。でも、こんなの送られる本人にも何か問題があるんだじゃないのかな?…ねぇ?」 紙を手に取ってその内容に目を通しても、まるで自分達は関係ないとばかりに左右の2人に同意を求める北原。 話を振られた2人は何事もないように頷いてはいるものの、顔が緊張しているのが見てとれる。 「それに、変な事するのやめてって僕に言われても困るよ。それじゃあ僕が犯人みたいじゃない?」 可愛らしく首を傾げる姿。 素晴らしい演技力だ。本当に困っているみたいに見える。 でも、俺にそれは通用しないよ、春香ちゃん。 ニヤリと口端を上げて笑う自分は、はたから見たら結構な悪人面なんだろうな~、なんて思いながらも、最後通牒を突きつける為に口を開いた。 「その筆跡を鑑定にかけた。そうしたら、園宮、大城、お前らの名前が弾きだされたんだよ。そんでもって、お前ら2人は北原の手駒だよな?おまけに、この前北原は、天原が嫌がらせを受ける事を知っていた。…さて、ここから導き出される答えはな~んだ?」 ふざけた口調のまま、顔は真顔で一気に言い放った。 これには、さすがの北原も表情をなくしている。筆跡鑑定とか、そこまでやるとは思わなかったんだろう。 …甘いよ。俺がやるって言ったら、とことん突き詰める。 「この紙と筆跡結果を、理事長や生徒会長、あとは~…黒崎にでも突き付けたらどうなるかな~」 黙ったままの3人を更に追い詰めた。 ここまでやらないと、また同じ事をやりかねないからだ。 北原の裏の悪どさは、中学の時から度々耳に入っている。念には念を押すくらいがちょうどいい。 3人の反応を待ったまま、室内に暫しの沈黙が流れる。 そして、その沈黙を破ったのは北原だった。 「…前嶋君、天原君とは特別仲が良いわけじゃないって言ってたのに…、なんでそこまで肩入れするの?」 「特別仲が良いわけじゃないのはホント。ただ、あの言葉には続きがあったんだよ。特別仲が良いわけじゃないけれど、俺は天原の事が好きだよ…ってね。…あ、もちろん友情としてだぜ?」 「…何それ…」 どうやら北原は、俺の返事がお気に召さなかったらしく、思いっきり不機嫌そうに顔を歪めている。 ある意味素直だな。…自分の欲望に。 そろそろ話も大詰めになってきたところで、座っていた机から床に下り立った。 「と言う事で、この一件を上の連中にバラされたくなかったら、こういう事はもうやめてもらうよ。…お返事は?」 「…わかった。わかったから、絶対にこれ、バラさないでよ!」 よしっ! 悔しそうな北原の手から紙を素早く抜き取り、強引にでも引き出せた返事に心の中でガッツポーズを決める。 これで、当分は大人しくなるだろ。 「もうこれで話が終わりなら、僕達は帰るから」 言いながらも、俺の返事など待っていない北原は1人でさっさと歩き出した。 それに気付いた園宮と大城が、慌てたように後を追う 上下関係ハッキリしてるなー。 感心しながら、3人が出ていく後ろ姿を見送った。 出ていった際に凄い音を立てて扉を閉めたのは、せめてもの仕返しなのかもしれない。けど、そんなの俺には痛くも痒くもない。 ようやく戻った室内の静寂。 3人がいなくなって暫く経ち、 グーキュルルルルー… 「腹減った~…」 任務完了とばかりに盛大に腹の音が鳴った。 きっと今日のご飯はいつにも増して美味いだろう。 これで北原が完全に大人しくなるとは思わないけれど、一時の事だとしても平和が訪れた事に変わりはない。 「飯~、飯が俺を呼んでいる~」 ご機嫌な口調で妙な節をつけて歌うように言いながら、空き教室を後にした。 side:前嶋end

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