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学園生活49
† † † †
今日は、みんなが待ちに待った終業式。明日からは夏休みだ。
空もスッキリと夏晴れで、外からは蝉の鳴き声がうるさいくらいに聞こえる。
北原からの嫌がらせも、前嶋のおかげであれ以降は何も起きていない。
4日前の朝。
いつものように真藤と薫と話をしているところへ、満足げな表情をした前嶋が近づいてきた。
「今回の件は綺麗に片付いたから安心してねー」
と言っただけで席へ戻ってしまったけれど…、
いくらなんでもそれだけじゃ納得できないだろ!
問い質したいのをグッと我慢し、長めに時間をとれる昼休みになるまでひたすら待って、授業終了の挨拶を終えたと同時に教室を出ようとしていたところを無事捕獲。
最初はあまり気が進まなそうな感じだったけれど、このままだと昼ご飯を食べられないと気が付いたらしく渋々と話しはじめた。
『前嶋。何をしたのか詳しく教えてほしいんだけど』
『ん~…言ってもいいけど、それを聞いても天原引かない?』
『…引くような事したのかよ…』
『してないつもり』
『…つもり…』
物凄く怪しい態度の前嶋をジーっと見つめると、観念したのか溜息混じりに口を開いた。
『あの手紙を筆跡鑑定にかけたらさ、北原の取巻きの名前が浮かび上がったんだよね~。その証拠を上に突き出されたくなかったら、天原にこういう事すんの止めてくれる?ってお願いしただけ』
『お願いじゃなくて、それ“脅し”…って言うんじゃ…。いや、でも本当に助かった、ありがとう』
まさか筆跡鑑定とか、そこまでしてくれると思わなくて本気で驚いた。
…でも、1つ疑問が…。
『筆跡鑑定って簡単に名前まで出るもんなの?比較する物がないと個人までは特定できないだろ?』
『あぁ…、うん、まぁそこは、アレだ…』
もしかして、俺が引くとか引かないとかっていうのは、この部分か…。
挙動不審に視線をさ迷わせる前嶋の肩に手を置いて、笑顔でニッコリ「教えろ」と詰め寄ると、情けない声で「これ、企業秘密ね」なんて前置きの後にやっと話し始めた。
『俺ねー、先輩達に結構顔が利く立場でさ。生徒全員の筆跡を手に入れられる先輩に手を貸してもらった。…ほら、入部届とか本人自筆で書く書類ってあるだろ、あれをちょっと借りてね、筆跡鑑定にかけた。…え~っと…、ひ、引いた?裏の手を使っちゃった俺のこと、軽蔑する?』
そう言った前嶋の顔が叱られた犬みたいで、思わず吹き出した。
『ブッ…!アハハハ!なんだよ、その情けない顔。引かないし軽蔑もしないよ。逆に、そこまで大変な事、俺なんかの為にやってくれて本当に感謝してる。今度、お前が何か困った時は絶対に言えよ?力になるから』
そう言った時の前嶋といったらもう…、驚いたように目を見開いてキョトンとしたあと、俺が言った言葉が理解できたのか、突然「お前最高!」と言って抱きついてきた。
そんな事があって、あれ以降に嫌がらせが続くことはなく、平穏無事に今日という終業式の日を迎える事ができた。
全校生徒が講堂に整列し、いつもは制服を着崩している生徒もさすがに今日はピシッとしている。
そんな中、ある1人の人物の姿が脳裏に浮かんだ。
…あいつはいつもの通り、気崩してるんだろうな…。
言わずと知れた“宮原櫂斗”だ。
さすがにここまで人数が揃うと誰がどこにいるかなんて全くわからなくて、あいつの姿は目にしていない。
「…~であるからして、生徒は学園の名に恥じぬような行動を心掛けるように。以上」
ひたすら長いだけの教頭の話がやっと終わり、あっちこっちから零れる疲れたような溜息が、まるでさざなみのように講堂内に広がる。
「おい…、立ったまま寝るな」
そんな中、背後から聞こえた真藤の小声に振り向くと、隣にいる誰かの腕を軽く叩いている姿が見えた。
どうやら立ったまま寝ている器用な奴がいるらしい。
誰だよ…。
感心半分、笑い半分でその人物を確認した瞬間、
「ッフ…!」
思わず噴き出してしまった。
…前嶋…、お前って…。
立ったまま寝て真藤に注意されていたのは、前嶋だった。
真面目なのか不真面目なのかさっぱりわからない。
いやそれよりも、こんな部分で器用さを示さなくてもいいと思う。
目が覚めたのか、眠そうに目を擦っている。
その様子に笑いを噛み殺しながら視線を前に戻すと、ふとどこからか視線を感じた。
無視することも出来ないほどの強い視線が突き刺さる。
周りに不審に思われない程度に周囲を見まわしてみたけれど、視線の主が見つからない。
…誰だ…?
壇上で終業式閉式の挨拶をしている教師など気にもとめずに、ひたすら視線の主を探す。
そしてその直後、思いも寄らなかった相手と視線が交わった。
「…さ…!…っ…」
出かかった声を押し殺す。
その強い視線の先にいたのは、意外な事に咲哉だった。
壇上の端。
教師達よりも一歩離れた所に立っている咲哉の視線が全身に絡みつく。
俺が気付いた事がわかったのか、視線は外さないまま僅かに顎を横に動かす仕草を見せた。
…あとで理事長室に来いって事か…。
相変わらず傍若無人な態度。
咲哉が見ているのを承知で、大げさなくらいのリアクションで深い溜息を吐いてやった。
その途端、眉間に寄るシワ。
あまりにもわかりやすい咲哉の態度に、またも笑い出しそうになった口元を引き締める。
「深君!や~っと終ったね。これで夏休みだ!」
更に挑発してやろうかと咲哉に視線を向けたとき、聞き覚えのある声と共に肩を叩かれて後ろを振り向いた。
気が付けば終業式は終わっていて、皆がゾロゾロと講堂を出て行く様子が視界に入る。
咲哉に気をとられ過ぎて、周囲の状況が全く目に入っていなかったようだ。
隣に来て嬉しそうに笑っている薫に促されて講堂の出口に向かう際、チラリと壇上に視線を向けたけれど、既に咲哉の姿はそこになかった。
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