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【社会人番外編】未来への光3

「俺の事はいいんですっ。…そうじゃなくて、あの、この子は宇宙といいます。年末に偶然知り合った子なんです」 征爾さんは暇な人ではない。それどころか多忙を極めているだろう。だから早く本題に入りたくて、隣にいる宇宙の肩に手を置いて紹介を始めた。 それに合わせて、征爾さんの視線が宇宙に向かう。 見られている当の本人は、全く気負う様子も見せず、相変わらずの好奇心を瞳に表してワクワクしたように見返している。 征爾さんにしてみれば、こんな幼い子供と引き合わされても意味がわからないだろう。 信じてもらえなくてもいい。…というより、こんなお伽話のような話を信じる人の方が少ないはず。 それでも、この子の事を説明しようと口を開いた時。 「あ…、オレこの人の事も知ってる!」 突然、宇宙が嬉しそうに声を張り上げた。 おまけにあろう事か、人差し指で思いっきり征爾さんを差しているという怖いもの知らずな行動。 慌てて止めさせようとしたところで、征爾さんが軽く片手を上げて俺の行動を制した。 「私の事を知っていると?」 「うん!夢で見た!オレが血だらけになって死ぬ時、最後にギュッてしてくれて、泣いてた人。夢の中でオレのお兄さんだった人だ!」 「…………そうか…」 僅かに目を見張った征爾さんは、すぐに真顔に戻り、小さく頷く。それだけの反応。 でも、何も変わらないように思えた中、俺は気が付いた。 宇宙を見つめる眼差しに、先程まではなかった優しい光が浮かんでいる事に…。 「死ぬ夢を見て、怖くなかったのか?」 「ぜんぜん!だって夢の中のオレって、怖いとか思ってなかったし。ちょっとまだ死にたくないなーって思ってたけど、でも怖くはなかったぞ。みんなを守れて良かったなーって思ってたんだ。それに、男はそんなことで怖がってなんかいられるかっ!自分のたいせつな人を守ることが男なんだからな!」 「…大切な人を守る、か…。…そうだな」 征爾さんが、穏やかな声で呟いた。たぶん、俺が何かを言わなくても宇宙が何者なのか理解したのだろう。 2人の会話が…、宇宙の言葉が…、胸を熱くする。 その場に優しい沈黙がおりた事をきっかけに、また宇宙は雪だるま作りを再開しようと動き始めた。 妙に大人びて見えるけれど、やっぱり普通に5歳の男の子だ。微笑ましい。 宇宙が少し離れた事で、征爾さんが改めて俺に向きなおってきた。 「あの子に会わせてくれて有難う。感謝するよ。…それで、君の頼みとは?」 それまで宇宙に向けていた物とは違う、大人の眼差し。それは、とても真剣に俺との約束を守ろうとしてくれている真摯な表情。 思わず、顔が緩んでしまった。 「…貴方は、もう既に俺の願いを叶えてくれました」 「それは、どう……、」 一瞬怪訝そうに眉を潜めた征爾さんだったが、俺の言った意味がわかったのか言葉途中で口を閉ざし、穴が開いてしまいそうなくらい強い眼差しを向けてきた。 それに対して頷きで肯定を示す。 途端に、なんとも色気のある溜息を吐かれてしまった。 「君自身の力ではどうにも解決できない事があった時に、力を貸すと言ったはずだが…」 「今がその時です。貴方が今ここに来てくれなければ、どうにもならなかった。宇宙と征爾さんを引き合わせたい。そう思っても、こればかりは俺の力だけではどうにもしようがないですよね?だから、今こそ貴方に頼むべきだと思ったんです。…力の使いどころは、間違えていないつもりです」 「…君は…」 そこで言葉を止めた征爾さんは、暫し沈黙した後、溜息混じりに「馬鹿だな…」そう呟いた。 その「馬鹿だな」の一言が、物凄く優しく響き渡る。 征爾さんの力であれば、大抵の無理難題を解決できるだろう。それなのに、ジョーカーとも言える切り札をこんな事に使うなんて…。 そんな言外の思いが伝わってくる。 優しい人だ。こんなところは宮原と同じ。 「今日は本当に有難うございました。俺自身、征爾さんと会えて嬉しかったです」 「私も、久し振りに君に会えて嬉しかったよ」 そこで俺は目を見張った。 初めて見た、征爾さんの柔らかな微笑み。 邑栖会に属する人間としてではない、征爾さんという個人としての、素の表情。そう感じた。 それから征爾さんは、もう一人の人と一緒に公園を去っていった。 見送った後ろ姿には、限りない力強さと存在感がある。 住む世界が世界なだけに、…これから先どうか無事でありますように…。 暫くの間、祈る思いで目を閉じた。 「いたーっ!宇宙!アナタまたこんな所に!!」 突然辺りに響き渡った、怒声の割に柔らかな女性の声。 どこかで聞いた事のあるこの声は…。 振り向いた先に、ダンウウコートを着て完全防備姿の女性が猛ダッシュで走り寄ってくる姿が見える。 途端に、それまでご機嫌で雪だるまを作っていた宇宙が「うわっ」と呻き声をこぼして立ち上がった。 「本当にいつもいつも心配させてこの子は!………あら?もしかして…」 宇宙の元に辿り着いた女性は、その腕を逃げないようにガッチリと掴んだ瞬間、近くにいた俺に気がついて驚きの表情を浮かべた。 相変わらずの親子の姿に、抑えられない笑いが込み上げる。 「お久し振りです」 「やっぱり!空港で会った方ね?」 「はい」 満面の笑みで挨拶をしてくる宇宙の母親。そして、その腕から逃げ出そうとジタバタ藻掻く宇宙。 気を抜いたら思いっきり笑ってしまいそうだ。 「偶然ここで会って、自分の目を疑いましたよ」 「本当に凄い偶然ね、私も驚いたわ。この辺りに住んでいるの?」 「はい」 「そうなの。毎回毎回この子がごめんなさいね」 「いえいえ!俺は会えて嬉しいくらいですから」 申し訳なさそうに言う母親に、首をブンブン横に振って否定する。 そんな和やかな俺達大人組を余所に、突然宇宙が掴まれた腕を振り切って逃げだした。 気を抜いていた母親はギョッとしたように空になった手元を見下ろすも、時は既に遅く、宇宙は公園の出口に向かって全力疾走。 「ちょっ…、宇宙待って!…あの、ゴメンなさいっ、あの子を追いかけますので」 「こっちは気にせず早く宇宙を!」 慌てふためく俺達を尻目に、宇宙は一度こちらを振り返り、 「深ー!!またねー!うわきするなよーっ!」 そう叫んだ。 …うわきって…、浮気…の事だよな…、アイツ意味わかってんのかな。 ブンブンと手を振ってきた宇宙に、引き攣った笑いで手を振り返した。 そして、誰もいなくなった公園。 まるでさっきまでの出来事が嘘だったかのように、シンとした静寂が戻ってくる。 ふと見た視線の先には、作りかけの雪だるまが一つ。 片方にしか目が入っていないそれに歩み寄って、拾い上げた小石をもう片方に埋める。 ちょっと吊り目の、人相が悪い雪だるまの完成。 まるでそれが誰かさんに見えて、思わずブッと吹き出してしまった。 「…さぁ、帰ろうかな」 春の気配はまだまだ先。それでも、胸の内に暖かな何かが芽吹いたような、そんな心地良さを噛みしめながらゆっくり足を踏み出した。

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