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蒼穹希心1

†  †  †  † 「優。前見て歩かないと転ぶぞ」 特別教室棟と教室のある棟を結ぶ渡り廊下。 そこを歩きながら外を見ていた千秋優(ちあきゆう)は、後ろから来た誰かに軽く頭を小突かれた。 「…飛鳥」 隣に並んだのは、優の幼馴染であり一歳先輩でもある、月城学園高等部二年の鳥居飛鳥(とりいあすか)だった。 いつもの如く、緩いウエーブのかかった髪を後ろでキリッと一つに結んでいる。 同じように茶色い髪でも、癖の無い優の猫っ毛とは全く印象が違う。 髪の毛どころか、優と飛鳥は何もかもが違っていた。 子供の頃から病弱だったせいか、体格は華奢で色白。身長も163㎝で止まってしまった優。 それに比べて、子供の頃から弓道を嗜んでいた飛鳥は体格が良く、身長も177㎝はある。 二人並ぶと“姫と騎士”だ、と昔から言われてきた事。 身長が10㎝以上違うためにどうしても目線が上を向いてしまうのが、優にとってはもどかしくもある。 「飛鳥も移動教室だったの?」 「あぁ」 優しく微笑みながら頷く飛鳥は、毎度の事ながら頼れるお兄さんのような空気を醸し出している。 周囲にいる優のクラスメイト達は、先輩であるそんな飛鳥を憧れの眼差しで見ていた。 渡り廊下から教室棟に入り、二人並んで階上にある教室へ向かう。 「さっきは何をあんなに見ていたんだ?何か気になるものでもあったのか?」 「え、あ、うん。…神崎君が…」 優が、自分と同じ一年の別クラスである神崎宇宙(かんざきそら)の名前を言った瞬間、飛鳥が顔を顰めた。 宇宙の名を出すと、飛鳥はいつもこんな顔をする。 だから優は、出来るだけ飛鳥の前で彼の名前を出さないようにしていた。 「…あんな奴、優が気にかける必要もない」 「飛鳥は、神崎君のこと誤解してるだけだよ。彼は本当は凄く優しくて、」 「優!」 「………」 「……大きな声出してゴメン。でも、あいつのお前に対する態度を見てると、とてもそんな風には思えないんだよ。どれだけ優が気にかけたって、いつもあいつはそれを台無しにする」 いつの間にか、2人とも階段の踊り場で立ち止まっていた。 他の生徒達が、興味津々に視線を送りながら横を通り抜けていく。 飛鳥が言うとおり、普通に見たら宇宙の優に対する態度は、優しいどころか冷たいとしか思えないものだった。 一匹狼という言葉は彼の為にあるようなもの。 飛鳥よりも更に長身で、幼い頃からなんらかの武道を嗜んでいるという体は、細身ではあるがとても引き締まっていた。 噂ではヤクザと関わりがあって、本当は武道じゃなくて喧嘩で鍛えたんだとも言われている。 癖の無い黒髪は、襟足の長いミディアムウルフ。大きな一重の目は切れ長で涼し気。 端正な容貌を持つ宇宙だからこそ、あまり良くない噂があったとしても、この月城学園内でファンは多い。 それでも彼は誰とも慣れ合う事はなく、いつも一人を好んで行動していた。 人に媚びないそんな姿も、ファンを増やす要因になっているようだ。 でも優は、噂や外見だけで宇宙を気にかけているわけではなかった。 生まれつき体が弱い優は、外出先でも調子を悪くする事がある。 そんな時はだいたいどこかのベンチに座って休むか、もしくは家族に連絡をして迎えに来てもらっていたりした。 周りを行きかう人達は、いくら優が調子が悪そうにしていても、声なんてかけてくれない。だから、とにかく自分でなんとか対応をするようにしている。 それなのに、宇宙だけは違った。 中等部の時、何度か彼に助けてもらった優は、一見冷たく見える宇宙が本当はとても優しい人だという事を知っている。 『具合の悪そうな奴を放っておけるわけないだろ』 遠慮する優に、彼はそう言った事がある。 それから、校内ですれ違う度にお礼を言おうと話しかけようとしたけれど、宇宙は助けてくれた時とは別人のように優を無視し続けた。 でも、優は諦めなかった。 無視されたからといって宇宙を嫌う事はなく、それどころか、いつの間にか無意識に宇宙の姿を目で追う内に、彼が時折どこか寂しそうな辛そうな目で遠くを見ている事に気がついてしまった。 …なぜ彼はあんな目をするんだろう。何が彼を苦しめているんだろう…。 疑問は心配になり、心配は愛情に変わっていった。 それでも、宇宙は頑なに優の存在を拒み続けた。 何度優が話しかけても無視をする宇宙。 そんな様子を何度も目撃した飛鳥が、宇宙の事を厭うのは当たり前だろう。 特に飛鳥は、子供のころから病弱な優をずっと傍で守り続けてきたのだから…。 「もうあいつに関わるのはやめるんだ。放っておけ」 「………」 飛鳥の言葉に、優は頷く事が出来なかった。

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