226 / 226

蒼穹希心12

「…千秋…」 それまでガチガチに強張っていた体は、優の姿を見た瞬間にゆるりと溶けだす。 真っ青な顔でベッドに横たわる優の顔には、もう先程までの苦悶の表情は浮かんでいなかった。その事に、ホッとする。 そして、宇宙の声が聞こえたのか…優がゆっくりと瞼を開いた。 すぐ真横に立つ宇宙の姿に、優の目が見開かれる。 「…か…んざ…き…くん」 酸素マスク越しの聞き取りづらい声。でも、生きている優の声だ。 宇宙は、優の右手をしっかり握りしめた。 「…ふ…ざけるなよ、千秋。…俺を、…俺を助けたいって、お前言ってただろ。それなのに…」 「…ごめん…ね。…僕の体…、生まれつき…不良品、だった…から」 気力だけで保っているはずなのに、辛いはずなのに、それでも優は微笑む。 宇宙は自分の目頭が熱くなるのを感じた。 …泣くな…っ、…絶対に泣くんじゃない! 必死に平静な声を出そうと感情を押さえこむ宇宙の喉が、グッと鳴った。 「不良品とか言ってんな馬鹿!…俺は…、俺は…っ!」 言いたい事があり過ぎて、言葉が詰まる。 何を言えばいいんだ。何から伝えればいい!? そんな風に焦る宇宙の手を、優が優しく握り返した。 どこまでも人の事を想いやる優の行動に、とうとう宇宙の目から涙が零れおちる。 「…今まで、ごめん。本当にごめん!…………き…なんだ」 最後の部分が聞こえなかったのか、優が僅かに首を傾げた。 「お前の事が好きだって言ってんだよ千秋!!お前の事が誰より大切だって!!だからもっと頑張れよ!!俺の事が心配だって言うなら!もっと生きろよ!!!」 宇宙の口からほとばしる絶叫のような言葉に、優の目が見開かれ、 そして、 「…嬉…しい。…僕も…僕も、神崎…君の事、好き。……あり…が…とう…」 心の底から嬉しい、と、花が綻ぶように優の顔がほころんだ。 そのまま…、優しい微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと瞼が閉じられる。 目尻から零れ落ちた一筋の雫。 ピ、ピ…ピ……、……ピーーーー……… 突然、機械から鼓動を刻むリズム音が消えた。 「…ッ…嘘…だろ…?…千秋?!…千秋!!!逝くなよ!!」 機械が告げた、優の心臓が止まった音。 叫び声を聞いて慌てて病室に入ってきた優の両親と飛鳥が目にしたのは、まだ暖かい優の体を力の限りに抱きしめて泣き叫ぶ宇宙の姿だった。 「俺は俺なんだと信じさせてくれたのはお前の存在だ!それなのに途中で見捨てるのかよ!!ふざけるな!!1人で逝こうとしてんじゃねぇよ!!!」 喉が潰れそうなほどの魂からの絶叫。 泣き崩れる千秋の両親。 それらを茫然と見ているだけの飛鳥。 だが、その飛鳥の視界の端に、あるものが飛び込んできた。 それは、まっすぐな一本の線になったはずの緑色の線。 優の鼓動を表すその機械の緑色の線が、小さく山を描き出した。 「…か…ん…ざき…」 飛鳥の声は、宇宙には聞こえない。そして、優の体を抱きしめたままの宇宙には、まだそれが見えていない。 いつの間にか病室に入ってきていた担当医である内藤までもが、驚いたように飛鳥と同じものを見ている。 そして、 ピーーー…、ピ…、ピ、ピ 機械が奏で始めたリズム音。 小さな山だった緑の線は、頼りないながらも次第に大きな山へ変化していく。 「内藤先生!」 「すぐに蘇生後処置に入る!」 「はい!!」 肩を掴まれて体を優から離されそうになった宇宙は、その手を振り払おうと手を上げる。 だが、 「…声が…聞こえた…から…。……泣か…ない…で…」 驚きに固まる宇宙が見つめる先で、再び優しい瞳が姿を現した。 「大丈夫だから、後は僕達に任せなさい」 内藤の力強い声が、宇宙の胸に響き渡る。 安堵に足元が崩れそうになった宇宙は、 「…は…い!!」 涙に濡れた頬を拭おうともせずに大きく頷いた。 †  †  †  † 白いカーテン越しに明るい陽差しが差し込む一室。 穏やかな風が、ベッドに眠る人物の栗色の髪を揺らす。 窓際に立っていた宇宙は、そんな様子を優しく見守っていた。 優の心臓が止まった3週間前。 内藤が「奇跡だ」と口走った通り、優に奇跡が起きた。 止まったはずの心臓が動き出しただけではなく、今まで不全だった優の体の各機能が、信じられないくらいの勢いで活動を開始したのだ。 2週間が過ぎた頃、内藤はこう断言した。 『本当に信じられない事だが、このままいけば優君の体は健常者と同じレベルまで回復するだろう』 そしてこうも言った。 『医学界では、時々本当に信じられない事が起きる。それは大抵、人の思いの強さが引き起こすんだ。我々はそれを奇跡と呼んでいる』 と。 その言葉を裏付けるように、3週間たった今、優の体は劇的に回復の道を歩んでいた。 退院する頃には、様子見をするとはいえ、もう今までのような強い薬はいらないだろう。 内藤のその言葉に、両親は涙を流して喜んでいた。 “想いの強さ。それが全てを覆す” 宇宙は今、その事を身をもって感じ取っていた。 「…ん…、あれ?…もしかして僕、寝てた?」 「あぁ、よく寝てた。ガキみたいにな」 「神崎君、ひどい…」 「…神崎君?」 「あ…、えっと…、そ…宇宙…」 顔を真っ赤にする優。 それを温かく見守る宇宙。 自然と伸ばされたお互いの手は、もう二度と離さない、とその意思を告げるように、しっかりと握りしめられた。 ―end― --------------------------------- 月城学園これにてすべて完結です! 本編・番外編・スピンオフ、と、ここまでお読みくださり本当にありがとうございました! ではでは、しばし水面下に潜ります 次は新作でお会いしましょう♪

ともだちにシェアしよう!