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第1話

「はぁ……死にたい」 駅のホームで終電を待つ幸田 慶(こうだ けい)は、疲労の溜まった肩をガクリと下げて呟いた。 36歳。一児の父親でもある慶の自宅へ向かう足取りは酷く重たい。我が家に帰れるというのに何故こんなに憂鬱そうなのかはすぐにわかる。 「ただいま」 酔っ払いに絡まれそうになりながらも帰路につき、我が家の玄関の鍵をそっと開けた。 廊下を微かに軋ませながら進みリビングに入れば妻がソファーに座りテレビを見ていた。 「あら、お帰りなさい。今日も随分遅いのね」 「自分の仕事が出来る時間がなかなかなくてね」 「あらそうなの。じゃ、私は寝るから。あ!そうだ!明日から優実を連れて旅行に行ってくるから」 「え?」 「どうせアナタは仕事でしょ?」 おやすみなさいと言い残しリビングを後にした妻の後ろ姿を見つめていた慶は、ヨロヨロとソファーまで移動すると前のめりに身を投げた。 「クソ…誰のおかげで生活できてると思ってんだ」 クッションに顔を埋めて嘆いた慶はそのまま眠りに落ちた。 会社ではそれなりの地位にいる慶だが、上からの圧力、そして新人の身勝手な言い訳に日々板挟み状態で大分弱っていた。 唯一心安まるはずの家でもあの扱いよう。 何のために仕事をしているのかも分からなくなっていた慶は自分の人生にうんざりしていた。 次の日。目を覚ますと妻と娘はとっくに家を出たらしく家の中は静まり返っていた。 よれたスーツをハンガーに掛け、シャワーを浴びて出勤の支度をする。寝室のクローゼットからクリーニングから戻ってきたスーツをおろして身に着け家を出た。 今日の朝食は缶コーヒーのみ。 今日が終われば休日だ。しかも今夜は一人。酒でも買って晩酌を楽しもうと、モチベーションを上げた。 平気で遅刻をしてくる新人に腹を立てながらも辞められては困ると言葉を選び注意するが、不機嫌そうな表情に苛立ちが増す。が、そこは堪える。 上司からの呼び出しに、会議への参加。 昼休みも取れないほどの忙しかった一日が後三十分で終わる。そう胸をなで下ろした矢先だった。 「幸田部長!!!」 慶が束ねている部署の一人が血相を変えて走ってきた。 話を聞けば新人の凡ミスで客先が相当お怒りだという事。 とりあえず先方へ謝罪の電話入れ、その後新人と頭を下げに行くのが筋だ。だが、それを新人に伝えたところ予定があるだ何だと言い、勝手に帰ってしまった。 慶は仕方なく一人謝罪へ行き、会社に戻るなり始末書を書き、監督不行き届きだ、指導不足だ、と上司にネチネチと叱られた。 数時間後にやっと解放された慶の顔からは生気が消えていた。

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