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後日談 ~百人一首でBL一次創作より~

第81番 後徳大寺左大臣 ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる *現代訳  ホトトギスが鳴いた方を眺めやれば、ホトトギスの姿は見えず、ただ明け方の月が淡く空に残っているばかり    * * * 「はしがみ、おうちのひとになんて言ったの?」 「ダチの家で泊まって勉強するって」  今度の週末、男ふたりでパジャマパーティーなんてどうだろう。  バスのなかで柚木に提案された橋上は「いいんじゃないか?」と素直に受け入れた。    同じ島内の違う学校に通うふたりの奇妙な友情は、高校三年になってもつづいている。  雨の日は同じバスに乗って通い、晴れの日は橋上が運転する自転車の後ろに乗せてもらう柚木。  雨に濡れることを恐れていた彼は、両親を奪った大嵐のトラウマと戦いながらようやく水への恐怖に打ち勝とうとしていた。    不完全で中性的な柚木を護りたいと、橋上はいつしか彼の騎士になっていた。  けれど、この関係も受験が終わってふたりが島を出たら、変わるのかもしれない。  そんなときに柚木が誘ってきたパジャマパーティー。  両親を亡くした彼は残された家で一人暮らしをしており、華奢な見た目とは裏腹に家事一般から農作業まで器用にこなしているのである。同じ敷地に親族が暮らしているため同居も勧められたが柚木がこの家から出たくないと頑なに拒んでいるのだとか。  そんな彼の大切なお城に、自分が招待された……受験勉強のついでのお泊り会、なんて高校生男子ふたりでするには可愛らしい名目で。  橋上は複雑な気持ちを抱きながらも、彼の家にあがり、彼が作ったカレーを食べている。 「いまが旬の夏野菜をとりあえず切り刻んでカレーにしたんだ」 「うまいよ。ゆのきは器用だな」 「ありがとう、はしがみ」  夏野菜のキーマカレーをおなかいっぱい食べてお腹一杯になってしまったから、結局勉強なんか手につかないまま、ふたりはリビングで雑魚寝してしまう。  梅雨がはじまる直前の、初夏の爽やかな風が開けっ放しの窓から入り込む。古文の教科書が風に吹かれ、はらはらと頁を捲くられている。  嗅ぎなれた潮の香りを鼻腔に届かせながら橋上が瞳をあければ、隣で柚木がすやすやと寝息を立てて転がっているのが見えた。  時刻は午前四時。漁師の親を持っていた柚木はふだんは早起きだというが、今はぐっすり眠っている。 「ゆのき……」  窓の向こうには明け方の月がぼんやりと浮かんでいる。紫がかった空の色が、どこか淋しそうに見えるのはなぜだろう。  ーーそういや、柚木が両親を亡くした朝も、奇妙な空の色をしていたと言っていたっけ。    キョキョ、ケキョ、ケキョキョ……  奇妙な鳥の鳴き声まで響いてきた。  あれはたしか。 「はしがみ?」 「うぁ、ゆのき、起こしちまったか?」 「ううん。いつもこのくらいの時間に起きるから……はしがみこそ」 「ーー鳥の鳴き声がしたから……あれ」  窓の外に目を向ければ、暁の空に淡い月。  耳障りな鳥の鳴き声は既に消えていて、周囲は静まり返っている。 「ほととぎす鳴きつる方を眺むれば」 「ただ有明の、月ぞ残れる……?」  授業で覚えさせられた百人一首を思い出し、柚木の諳じた上の句に橋上がおそるおそる下の句を繋げれば、「正解」と嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして彼は言う。 「ほととぎすだよ。見に行こうか?」 「えっ?」  窓の向こうでけたたましく鳴いていたほととぎすの姿が確認できなくても別に構わないと思った橋上だったが…… 「早朝のお散歩行くよ、港まで!」  あぁ、漁に出ていた船が戻って来るのを見たいのだなと悟った橋上は、おう、と頷く。  嵐の朝に海で生命を散らした両親に、彼はいつもひとりで逢いに行っているのだろう。  妙なところで律儀な彼に苦笑しながら、橋上もサンダルをはく。  ふだんなら橋上がリードするのに、今朝の主導権は完全に柚木が握っている。ほら、準備ができたなら行くよってその手を握って引っ張って……    まだ月が消えない早朝の海へ向かおう。  ふたり、手を繋いで。

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