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第7話

「自転車があったからまだ学校にいると思ったんだ」  橋上が無邪気に笑う。彼の手には傘。ずっと、柚木が出てくるのを待っていたのだろう。傘が小さかったから、彼の制服の裾がしっとりと濡れている。  俯いたまま、何も言わずに首を左右に振る柚木を、不審そうに見つめる橋上。 「泣いている、のか?」  びくり、柚木の肩が震える。橋上が、そっと片手で彼の顎に触れる。見つめ合った時間は数秒なのに、数分の重み。互いの心臓の音は、空で轟いている雷よりも大きいのではないかと錯覚する。  何があった? と、橋上が口を開く前に柚木が泣き笑いの表情で。 「ふっちゃった」  楢原を振ったことを橋上は知らないから、きっと雨が降ったことを嘆いていると思われるんだろうなと曖昧なイントネーションで。 「ふっちゃったけど……いいんだ」  雨に濡れてもこの身体は溶けないから。完全防水する必要はなくなったから。楢原に護られることを甘んじていた自分に、自分でさよならをしたから。  柚木は橋上が握っていた傘の柄を奪って、空中へ投げる。ガードレールを越えて、柚木の大嫌いな荒海に水色の傘が飛んでいく。黙っていた橋上が柚木の行為を見て、慌てだす。 「な、何してんだよ! 濡れちゃうだろ」 「はしがみ。ぼく、濡れたら溶けると思う?」  流れた水滴は、もう涙だか雨粒だか判別できない。まとわりつく雨水を、気にすることなく柚木は自転車のペダルに足を乗せる。 「思わない、けど」 「じゃあいいじゃん。濡れて帰ろうよ」 「風邪ひいたらどうすんだよ」 「あたためてくれるよね?」  確信をこめて、意地悪そうに笑う柚木。 「……な」  後ろに乗ってと指で合図されて、橋上は柚木の後ろに立ち乗りする。ゆっくりと動き出す自転車。  濡れねずみ状態で二人乗り。警官に見つかったらきっと大目玉だ。危なっかしい柚木の運転に身を任せながら、橋上はそっと呟く。 「しょーがねえなぁ」  観念したように、橋上が柚木の小さな肩を大きな手のひらで包み込む。  冷たい春雨に洗われて、風邪をひいてもおかしくない状態なのに。  心の奥まで温めてしまいそうな彼のぬくもりに、柚木は今にも溺れそうだ。 ―――fin.

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