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第2話
落ち着いた照明が照らす、バーカウンター。
時刻は深夜2時を周り、客は泥酔した美しい青年のみ。
「……ママ、おかわり」
「もうダメよ、いっちゃん!飲みすぎ!」
泥酔してもなお酒を欲する美しい青年に、この宿り木の主人・坂本 美子 は、鋭い声で諫 める。
「ヤダ!飲むの!!ハル君、ちょーだい!!」
「ママの言う通りです。飲みすぎですよ、伊織 さん」
「もー、ハル君まで……」
美子の隣りにいるバーテンダー・井上 晴大 に強請 るも、やはり酒は貰えず。
美しい青年は、そのままカウンターテーブルに突っ伏した。
「たまに飲みすぎるのならいいわ。でもここ1週間、ずっとここに来て、強いお酒ばかり飲んで……。いっちゃん、お酒を飲んだからって、何も解決しないわよ」
美子は、酒の代わりに丸い氷を浮かべた水を差し出した。
「…………わかってる」
音で気づいたのか、青年はゆっくりと顔を上げ、薄っすら水滴のついたグラスに口をつけた。
ビル・エヴァンスのピアノが流れるなか、コクコクコクと水を飲む音が響く。
優雅でありながら、どこか物悲しい雰囲気が漂う。
「……別れたんだ、東吾 と」
グラスの水を飲み干した青年が、ぽつりと呟いた。
「……好きな子が出来たんだって」
美子は、ジッと青年を見る。
青年は、目線をグラスに落としたまま。
「その子さ、俺と違って、ぽわっとしてて、控えめだけど甘えたで……。ホント、よりによって、俺と真逆のタイプ選ぶ?!」
青年は、グラスを揺らして自嘲した。
「でも……、真逆で良かったのかも。真逆だから、諦めがつくよね!……諦めがつく……諦めがつく……きっと……」
そう言いながら、グラスから手を放し、重い瞼に逆らうことなく目を閉じた青年。
すぐに柔らかで規則的な呼吸が聞こえてきた。
「ハル君、申し訳ないけど、2階のチカの部屋にいっちゃん運んでもらえる」
美子は、片付けに取り掛かろうとしていた晴大に、青年を2階のプライベートスペースに運ぶよう頼んだ。
「分かりました」
快く頷いた晴大は、カウンターの中から出て、椅子が並ぶフロアの方にまわった。
「伊織さん、2階に行きますよ。歩けますか?」
青年の背中を叩き、一応声を掛ける晴大。
「んー……とうご……」
青年の寝言に、美子と晴大は顔を見合わせ苦笑した。
「伊織さん、全然、諦めついてないですね」
「そうね、付き合うのも迷うぐらい、ずっと好きだった人だからね」
二人は、この美しい青年が、"東吾"という人物を、どれだけ愛しているか知っていた。
そして、"東吾"本人が、それを知らないことも分かっていた。
「……とうご」
幼い寝顔の青年・英 伊織 が、何度も呼ぶ名前に、二人はどうすることもできなかった。
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