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第3話

温かな陽の光と円やかなコーヒーの匂いに満たされた小さなキッチン。 「お、はよ……ママ」 「おはよう、いっちゃん」 部屋のドアから浮腫(むく)んだ顔を覗かせた伊織に、美子は爽やかな笑顔を向ける。 「大丈夫?ご飯、食べれる?」 美子がペットボトルのミネラルウォーターを渡すと、伊織は一気にそれを飲み干した。 「先にシャワー浴びてスッキリしてきなさい。その間に朝ごはん用意しておくから」 「んー」 まだ覚醒していない伊織は、こくりと頷きバスルームへ向かった。 「いただきまーす」 シャワーを浴び、幾分かすっきりした顔になった伊織。 以前はここで朝食を取ることが多かったが、最近はめったになかった。 二日酔いを考えてか、トーストされた玉子サンドに、スライスしたアボカドとプチトマトが並ぶ。 久しぶりの美子の朝食に、伊織はホッとした。 「大学、行ける?」 伊織の分のコーヒーを淹れながら、美子は話しかけた。 「うん。今日取ってるのは午後からだから、一回家に帰ってから行く」 伊織は、美子に目を合わせることなく、朝食を口に運ぶ。 「無理しなくていいのよ」 美子は、ダイニングテーブルの上にマグカップを置くと、そのまま伊織の前の椅子に腰かけた。 「大丈夫だよ。シャワー浴びたらだいぶ楽になったし、そこまで頭痛もしないし」 「そっちじゃないわよ」 美子の言葉に、一瞬手を止めた伊織だったが、またすぐに手を動かした。 「あー、うん、大丈夫。講義、理系の東吾と被ってないから」 美子の目には、この美しい青年が、かなり無理をしているのが明白に映っていた。 4年前に出会ってから、この青年は何も変わっていない。 見た目は美少年から美しい大人に成長したものの、中身は不安定で傷つきやすい、思春期の少年そのものだった。 「終わったら、ウチに来なさい」 今度はしっかりと手を止め、顔を上げた伊織。 「しばらくウチに泊まりなさい」 伊織は、実の母親以上に、慈愛のこもった表情の美子と目が合った。 「いっちゃんが、変なお店で飲んで、変な男に連れて行かれたら、大変!私がチカに怒られるわ!」 「ママ……」 「いい?講義が終わったら、真っ直ぐウチにくるのよ?」 にっこりと笑って、念を押した美子。 そんな美子に、口を尖らせてプイッとそっぽを向いた伊織。 「ホンット、ママきらい!」 それが、伊織の本心ではないと分かっている美子は、 「うん、知ってる」 嬉しそうに笑って、今晩の献立に思いを馳せた。

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