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第1話
……あー、またか。
しょうがねぇな、双葉は。
ポケットから携帯を取り出した俺は、画面に映し出されたメッセージの差出人の名前を見て、口角を片方だけ持ち上げる。
正直、今の双葉を扱うには少々難がある。
だけど突き放す訳にはいかない。
──大切な人、だから。
「……大輝ぃ、ごめん……早くしてねぇ」
カウンターの向こうから厚化粧の母がこちらに顔を向け、嗄れた声で呟く。
ここは、寂れた駅裏にある歓楽街……[fall in love]という小さなスナック。
職場兼、俺の実家。
母子家庭……しかもスナックのママの一人息子とあって、俺は客から『不憫な子』だと見られる事が多かった。
学校でも似たようなもので、クラスの男子からは『愛人の子』とからかわれ、女子からは何となく一線を引かれた。
教師に至っては質が悪く、口に出さない分『可哀想な子』フィルターを装着した目で俺を見る。
特に小学校の担任は露骨で、三者面談の際には母を舐るような目つきで見ていた。
母も母で、仕事とはいえ露出度の高い服を身に纏い、ギトギトと脂に塗れたオッサン相手に色目を使う。触られても抵抗せず、時には顔や身を寄せ密着したりもしていた。
店の手伝いをする俺が傍にいても、だ。
中学までは、そんな母や環境に反発心、反抗的な部分があったが、社会人になった今ではもうすっかり無くなってしまった。
「……まぁ、ゆっくり座ってなよ」
給料を貰うようになってからは、妙に割り切れて楽になっている自分がいる。
幼い頃に身に付けた仮面を取り外した所で、その変化に気付く人もいないだろうが。
「……よろしくぅ」
酒が抜けきっていないのか。
母は椅子に座りカウンターに片肘を付くと、怠そうに身を預け顔を伏せながら手を振る。
「この後、少し抜けるわ」
「………」
テーブルや椅子を拭きながらそう言えば、もう眠ってしまったのか返事が無かった。
店内の清掃。
氷やミネラルウォーターの補充。グラス拭き。ドリンクやおつまみの下準備。等……
開店前、出来る雑務を全てやる。
その後いつもなら、黒服に着替えそのままボーイとして店に出るが。
……そろそろ行かないとな。
携帯の時計を見ようと取り出せば、双葉からの二通目のメッセージが表示されていた。
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