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第2話
「……俺、そろそろ出るわ」
声に反応して小さく揺れた母の肩に、透け透けの上着を掛ける。
空調のせいで体が冷えてしまっていたから、今更だけど。
「ねぇ……あの子の事、好きなんでしょ?」
顔を伏せたまま、母が酒焼けした声で呟く。
「んー、誰の事だろう……?」
「とぼけても無駄よ。私にはお見通しなんだから」
「……」
「……大輝。いつまでも、理解あるお友達のままじゃダメよ」
鋭い。
流石、俺の母だと感心する。
双葉の事は一切話していない。
勿論、これから双葉の所へ行く事も。
だけどカンの良い母には、その言葉通り、お見通しだったのだろう。
「あなたは変に大人びて、周りを理解して妙に悟って……自分を押し込める所があるから……心配なのよ。
もっと貪欲に生きていいの。
……早くしないとその子、また誰かに取られちゃうわよ」
母の言いたい事は解る。
でも、どうにもならない事はあるだろ。
『俺、双葉に告白してみるわ』
幼馴染みの悠が、少し照れたように俺に告げた。
わざわざ俺の家にまで来て。
悠が何処まで俺の心を読んでいたのかは解らない。だけど告白前に伝えたという事は、多少なりとも察していたのだろうな。
『大輝。俺ら、付き合う事になったから』
夏休み明け、悠が双葉を連れて俺に報告しに来た。
初々しく照れる双葉の指に、悠の指が絡められたのを目の当たりにした俺は、自分の置かれた環境に心底ウンザリした。
……悠は、腹違いの『弟』だ。
ずっと友達だと思っていた悠が、実は兄弟だったと知った時から……俺は悠をそういうフィルターでしか見られなくなっていた。
悠は全く知らない。知る由もない。
小学生の頃。悠の父親と俺の母が、オープン前の店内で密会し、そういう会話を交わしていたのを耳にした事がある。
大人の事情が孕んでいる分、悠にはとても打ち明けられず。俺はそのまま『友達』を演じ続けるしかなかった。
『……ふぅん。やる事はやったんだね』
双葉の細い首筋に付いた痕が、風で靡いて揺れる毛先の隙間から、チラリと顔を覗かせた。
へらっと、軽い口調で笑顔のまま双葉のそこに視線を落とせば、顔を真っ赤にして慌ててそこを隠す。
その仕草が何とも愛らしくて。
「………」
犠牲心を払ったつもりはない。
だけど、悠と双葉が幸せならと……俺は身を引いて、二人を祝福した。
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