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第1話
俺は悪魔だ、なんて当たり前のことを今さら宣言するのもどうかと思うけど、ともかく俺はそういうもので。
そしてこれまた当たり前に悪魔にも家族がいて、兄弟もいる。
その兄弟が、うちは他よりも多く、つまりなにが言いたいかと言うと、早く自立しろと家を追い出されたって話だ。
そういうわけで人間の住む世界にやってきた俺がまず始めたのは取り憑く人間探しだった。
悪魔というものは人の堕落したオーラが餌で、ただ漫然と食って暮らしていくだけなら今の世の中困りはしない。
人が大勢いる場所にいるだけで堕落したオーラは溢れて食いきれないほどだし、魔界ほどではなくでも瘴気に近い汚れた空気は居心地がいい。
けれど人間と同じく、どうせ食べるのなら美味いに越したものはない。
そして舌鼓を打つほどの上質な堕落とは、満ち足りた幸福な人間が高い場所から堕ちるほどいいものであって、だからといってそんな瞬間に偶然遭うのはさすがに難しい。
つまり食いたかったら自分で育てるしかないというわけだ。幸運に満たした挙句、自らの手で落とす。その瞬間は、きっとそれまでの努力に代えがたい素晴らしい堕落が味わえるだろう。その瞬間を想像するだけでよだれが出る。
そうなるとまずは素材探しが重要だ。
元から恵まれてそうで、あまり苦労を知らずに人に愛されて騙されやすそうなタイプ。
その方が持ち上げるだけ持ち上げた上でじっくりと堕落させて味わいつつ、最後に蹴落として深い絶望に染まってくれそうだ。
「さて、と」
恵まれてそうな見た目、つまりはわかりやすく容姿がいい方がいいよな。
「おわっ!?」
「うわっ」
とりあえずパッと目に付く人間はいないだろうかと周りを見回していたとき、後ろから誰かにぶつかられた。
「す、すいませんっ、大丈夫ですか?」
よろけた俺を慌てて支えるように手を伸ばしてきたのは、わかりやすく好青年って感じの男だった。
背が高く、金に近い明るめの茶髪がよく似合う育ちの良さそうな穏やかな顔、大丈夫だと返す俺に向けられたほっとした笑顔の緩さは俺が考えた条件にぴたりと当てはまっている。
まさに今仕掛けた網に魚がかかった気分。むしろ仕掛ける前に飛び跳ねた魚が陸に上がった感じだ。
そうか。同性愛ってのも堕落にはいい手だな。
この感じじゃ女にモテそうだし、だからこそ男に女扱いされたことはなさそうだから、抵抗はあっても堕ちた時は美味そうだ。
我ながらいい案だと思うし、こんなチャンス逃すわけにはいかない。
このまま強引に連れ去るのもいいけれど、まずはストレートにいこうじゃないか。
「ぼーっと突っ立ってたお詫びに飯おごるからなんか食いに行かない?」
そんな俺の誘いに、一瞬驚いたように目を丸めたその相手は、次の瞬間とろけるように笑って頷いた。
にこっと笑った顔は今まで生きてきた中で汚いものなんかこれっぽっちも見たことないってほど純粋無垢な輝きで、俺は素晴らしき原石を掴んだことを実感した。
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