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第2話

「ん、あっ、そーすけ、もっと……!」 「ほんっとお前好きだなぁ、コレ」 「んんっ! ん、好きだよ、そーすけ。だいすき」  恥ずかしがることなく素直に快感を口にして求めるミカに、乾いた唇を舐めて笑ってやる。それに応えるように長い足が俺に巻き付いて引き寄せるように締めてくる。  普段から甘えたな奴だけど、今日は特にねだる回数が多い。  エッチなことなんてこれっぽっちも考えてませんってくらいな清純そうな顔しといて、実はエロいことが大好きで求めて乱れまくるミカと暮らし始めてほぼ一年。  悪魔の力でいい暮らしをさせ、好きなものを好きなだけ食べさせ、俺がいないといられない体にさせ、甘やかしに甘やかしてきたミカは俺にベタ惚れで、しかも俺好みの堕落のオーラを出し続けてくれる。  ただ体質なのかいくら食べさせても絵画かってくらい整った体形は崩れず、いつまでも綺麗なまま俺に抱かれている。  それでもやっぱり心のどこかでは罪悪感を覚えているのか、その堕落のオーラはとても上質だ。  本来ならもっと早く堕落しきって人として終わり、新しい人間を探さなきゃいけないかと思っていたからこれは嬉しい拾いものだった。 「んっ、そーすけ、ね、今何時?」 「なに今さら時間なんか気にして」  まるで終電でも気にするかのような態度に笑って、そのまま唇を塞ごうとしたら両手で胸を押されて下から抜け出された。 「あ、12時過ぎてる。ちょっと待ってね」  そんなことを言って、ミカは身を乗り出して自分のバッグを引き寄せると、なにかを漁り出す。そしてなにがしかの箱を見つけそれを持って戻ってきて。 「はい、はっぴーばーすでー」  なんて笑顔付きで箱を差し出された。  そういえば出会った時に言ったかもしれない。話の流れで誕生日を聞かれ、人間の世界に来たその日を適当に誕生日としたんだっけ。  どうやらミカはそれをちゃんと覚えていたらしい。  その場で開けたプレゼントは、有名なブランドのネックレス。大事なポイントはそれがペンタグラムということだ。  人間にとってそれはただの星のマークかもしれないけれど、くるりとひっくり返した逆五芒星は悪魔にとって力の象徴だ。  ブランドの雰囲気から選んだんだろうけど、偶然とはいえこれほど俺にぴったりのプレゼントはない。 「趣味いいじゃん」 「でしょー?」 「ありがと、ミカ」  すぐにつけて、感謝のキス一つ。  俺が気に入ったのがわかったのか、嬉しそうに笑うミカは幸せいっぱいって感じなのに、相変わらず堕落のオーラに満ちていて深呼吸するたび自分に力が増すのを感じる。  本当に、自分の運の良さを祝いたい。  そんな気持ちを態度で現してやろうと再び覆い被さろうとした俺をやんわりと止めたミカは、ほんの少し俺から距離をとって視線を伏せた。  なんかもじもじしてる。 「でさ、誕生日のそーすけに、一個言いたいことがあるんだけど」 「なに、俺が好きってこと?」 「それはいつも言ってるから。そうじゃなくて……あー、ちょっと恥ずかしいな」 「全部晒しといて今さら。なんだよ?」  あまり着込むのが嫌いだといって、ミカは普段から厚着をするタイプではない。それもあって一緒に住むようになってからは特にその整った体を惜しげもなく晒しているくせに、恥ずかしがることなんて思いつかない。現に今も裸のままだし。 「あのね、びっくりすると思うんだけど」  言って、ミカは屈み込むように背中を丸めた。次の瞬間。  ばさり、と勢いよく目の前に広がったのは翼、だった。  ぼんやりとした光を纏うその翼は紛れもない天使のもので、だけど色は白ではなく漆黒。艶やかな黒で染められたその翼を背にするミカは、天使、ではなく。 「堕天使……」 「あ、わかるんだ。やっぱりそーすけは一発でわかってくれたね!」  嬉しそうに無邪気に笑うミカはまさしく天使のようだけど、本来純白であるはずの天使の羽が黒く染められるのは、天使としての資格を失ったものという印。  堕天。本来天使がいるはずの天国から落とされるほどの罪を犯した罪人。 「なに、したんだ?」  言われれば天使としか思えないほど純粋無垢にしか見えないミカが一体なんだって翼を黒く染めるほどの罪を犯したのか。  その問いが意外だったのか、それとも答えるのを戸惑ったのか、一時ぱちくりとまばたきをしたミカは、照れたように頬をかいた。ふわりと緩やかに黒い翼が揺れる。 「えっと、実は人間に恋して……」  聞いてみればそれは、言っちゃなんだがよくある理由だった。  いにしえから存在する身分違いの恋。  確かにそれは罪かもしれないけれど、だからといって堕天までされるものだろうか。いや、天使っていうのはその辺厳格なのだろうか。 「それが男の人でね、それがもうめちゃくちゃかっこいいんだけど、その人と結ばれて、エッチしたらそれがもう気持ちよくてハマっちゃって」 「……ん?」 「天使の仕事ほったらかしてエッチしまくってたら堕天させられちゃった」  てへ、と可愛らしく舌を出すミカに、こちらは呆気にとられた口が閉じない。  なんかこう、勝手に純愛からの悲劇の話かと思ったんだけど、なんだか様子が違う。  いや確かにミカはこの清純そうな見た目で意外なほどエロ好きだけど。  だからって堕天の理由がそれとはさすがに思わなかった。 「それから色々あってその人と別れた後、いろんな人と付き合ったんだけど、みんなコレに充てられちゃうみたいでうまくいかなくて」  ばさりと一度羽ばたいた翼から黒い羽が舞い、下に落ちる間もなく光に溶ける。  普段その翼は人間に見えないように隠していても本当になくなったわけではないから、触らずとも存在は感じ取れるんだろう。  その上悪魔である俺が満足できるほどの堕落のオーラを常に放ち続けているんだ。そんな元天使相手に、人間がまともに付き合えるわけがない。 「それで、どうしようって思ってたときにそーすけに会ったんだ」  たとえば、悪魔である俺でもなきゃ。 「もう、いかにも魔界から出てきたばっかりっていう感じが可愛かったし、人間じゃなければ俺のことちゃんと受け止めてくれるかなって思って」 「……え」  それじゃああの時ぶつかったのはすごい偶然だなと頷こうとして、そのまま固まった。  照れた笑みを浮かべながら言うミカの言葉はまさかすぎるもので、何度かかみ砕いて考える必要があった。  魔界から出てきたばっかり。人間じゃない。 「あれ、え? じゃあお前もしかして最初から俺が悪魔だと知って……?」 「うん」  見えるもん、そーすけの翼。とミカは簡単に真実を告げた。  慌てて振り返って見ても、もちろん俺の翼は今だって消えていて、普通には見えない。感触だってない。  ……堕天使には、見えるのか。俺の翼が。  ということは、本当に最初から俺が悪魔だとわかっていて付き合ったってこと、なのか?  だから、自分の正体もバラしたって? 「俺たち、相性いいと思うんだよね。性質はもちろんだし、体の相性もいいし」  堕落のオーラを糧とする悪魔と、堕落の象徴として、存在するだけで上質なオーラを放ち続ける堕天使と。  しかも欲に忠実な悪魔の俺と、エロが原因で堕天した天使のミカと。  パズルのピースがはまるような、この上ないぴったりのカップル。 「どうする? 普通の人間がいいっていうなら別れるけど」 「……今さらふつーとか無理だろ」  なるようになったとしか言えない出会いと付き合い。  俺が偶然見つけて育てたんだと思っていたのが間違いだったってことだけが業腹だけど、それを除けばこんなに似合いの相手はいない。 「だよね。俺ももう普通の人間じゃ満足できない」  くふふ、と無邪気に笑うミカは天使そのままの清さで、そのくせ潜めた淫らさが目の奥から俺を誘う。  こんな理想の相手、ミカ以外いるはずもなく。 「もっと堕落させてよ悪魔さま」  彫刻のように整った肢体を惜しげもなく俺に晒して、黒い翼をはためかせるミカに、我慢できずにこちらも羽としっぽ、ついでに牙まで飛び出した。  久々に本来の姿に戻った解放感に、欲望が次々と沸いて出る。もちろんそれを抑える気なんかない。 「じょーだん。昇天させて天国見せてやるっつーの」 「んじゃ、そーすけも一緒に楽園連れてってあげる」 「望むところだ」  ある意味元天使と悪魔でしか言えない冗談を言い合って、笑ってキスをした。  そういうわけで改めて、新たな関係が生まれた誕生日おめでとう。

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