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心寄せる人 15

 こんなにゆっくり眠れたのは、いつぶりだろうか。明るい朝日がカラフルなロボット柄のカーテンの隙間から真っすぐに伸びてくる。時計を見ると、間もなく七時になろうとしていた。  それにしても……昨日は温かい夜だった。  冷え切った心を温めてもらった。  独りではどうしようもない気持ちを、滝沢さん親子にすっぽりと包んで温めてもらえた。  怖くて震えていた独りぼっちの僕は、もう消え去った。 「芽生くん……」  隣で羽を休ませた天使のようにスヤスヤと眠る芽生くんの柔らかな髪を、そっと撫でてみた。 「子供か……」  芽生くんは、とても小さくてあどけない。それにしても朝起きてすぐ……隣に子供がいるなんて不思議だ。  こういう光景は僕には絶対やって来ないと思っていた。僕の未来には、ないはずだった。一馬に抱かれてから一生縁がないものだと思っていたから。  だからこそ今、僕のすぐ隣に確かに存在している芽生くんの姿が愛おしかった。  「ん……」  芽生くんは布団が暑いようで、ポンっと両足で蹴飛ばしてしまった。健康的な頬は緩みふっくらと満足そうな笑顔を浮かべていた。  ふふっ可愛い仕草だ。  僕の弟も、小さい頃よくこんな動作をしたよな。真冬でもやるもんだから、寒がりの僕は何度風邪を引いたことか。  うーん、でも確かにもう五月なのに羽毛布団は暑いだろう。掛け布団……もう少し薄くした方がいいかも。  子供部屋をぐるりと見渡すと、遊んだ後のおもちゃが床にそのままになっていた。  昨日は滝沢さんに横抱きにされたまま部屋に入り(思い出すだけで恥ずかしい!)ベッドに降ろされたから気が付かなかったけれども、足元にはプラスチック製のレールや大きなぬいぐるみ、パズルなどが散乱していた。  きっと毎日の生活に追われて、片付ける余裕がないのだろう。  でも……滝沢さんは凄い。  男手ひとつで、まだこんなに小さな子供を育てていて。きっと奥さんと離婚されるまで、家事なんてしたことがなかったのでは。クールで大人の男性といった雰囲気なのに、彼を知れば知るほど……意外と家庭的で驚いてしまう。  きっと……最初からそうだったわけではない。  きっと……守りたい息子がいるから変わったのだ。  すべては芽生くんのためだ。  芽生くんが起きる前に着替えてしまおう。ところが布団からそっと抜け出ようとすると、小さな手が僕を呼び留めた。 「マ……マ」  寝言だろう……とても小さな控えめな寝言。  その言葉に、胸がきゅうっと切なくなった。  こんな小さいのにお母さんと暮らせないなんて……やっぱり寂しい部分もあるんだろうな。  僕はここ数カ月自分のことで精一杯だったが、なんだか今の僕を必要としてくれる小さな存在に対して愛おしさが溢れてくるのを感じた。 「ママ……ど……こ……」 「んっ大丈夫だよ。芽生くんはひとりじゃないよ」  もう一度ベッドに潜りこんで芽生くんを優しく抱っこしてあげると、僕にすり寄ってふわっと甘い微笑みを浮かべてくれた。  残念ながら僕は君のママの代わりにはなれないけれども、僕でよかったら君の成長を見守らせて欲しい。そんな気持ちが自然と芽生えてしまうよ。    必要とされる喜びは、生きる力になる。  そのまま芽生くんの温もりを再び感じると眠気に誘われ、まどろんでしまう。    人って……心が落ちつくと眠くなるんだな。  小さな欠伸が、やがて次々と漏れていく。  滝沢さんが起こしに来るまではいいよな……もう少し寝かせてもらっても。 **** 「おーい!瑞樹も芽生もいい加減に起きないと今日の遊園地はなしだぞ!」 「えっ!今何時ですか」  滝沢さんの声が間近に聞こえ、ガバっと飛び起きた。 「もう九時だよ」  びっくりした!あれから二時間も寝てしまったのか。 「すっすみません!」 「あぁいいんだよ。ちょっと脅かしただけ。どう?よく眠れたか」  部屋に入ってきた滝沢さんにクイっと顎を掴まれ、上を向かされた。 「えっ……あっ……ハイ」  なんだかこれって……キスをされるようなポーズで、ドキッとしてしまう。  じっと目の奥まで覗きこまれた。  動けない……目を逸らすことが出来ない。  だからじっと暫くそのまま見つめ合ってしまった。  きっと僕の頬……今、すごく赤い。 「よし!昨日よりずっと顔色もいいな。よく眠ってさっぱりしたみたいで良かった!」  滝沢さんは堪えきれないような表情を浮かべ、顎からぱっと手を離してしまった。 「滝沢さん?」 「瑞樹……参ったな。朝からそんな顔をするな……キスしたくなる」   

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