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心寄せる人 14

 電気が消えると同時に、滝沢さんの広い背中も闇に消えてしまった。 「あっ……」  なんだかもっと彼の姿を見ていたかった。そんな名残惜しい気持ちがじわじと込み上げて来て自分でも驚いた。  車の中でウトウトしてしまった僕は、どうやら車の中で彼と芽生くんと一緒にいる安心感から本格的にぐっすり眠ってしまったようだ。  実はここ数カ月、寝不足が続いていた。一馬と別れる一カ月位前から、その日がやってくるのを怯え……そして別れてからもずっと。  どんなに強がっても、どんなに頭の中で理解していても、お互い了承の上の別れだったとしても……愛し合った人が去った部屋に残り一人で暮らすのは、やはりひしひしと堪えるものがあった。  いっそ引っ越そうかとも思ったが契約更新したばかりだったし、駅から遠い分、広さの割に格安物件だった。窓から広がる野原の景色も気に入っていた。それにこんな中途半端な時期に急な引っ越しをしたら実家にも心配かけそうで、結局踏ん切りが付くまで、そのまま過ごそうと決めたのは僕自身だ。 「おにーちゃん。ボクもう……ねむいよ」 「あっごめん。そうだね。今日はありがとう。メイくんが僕を呼びにきてくれたんだね」 「ん……パパがすごくしんぱいしていたから」 「そうなんだね」  滝沢さん……本当にありがとうございます。  感謝はもちろんだが、心の奥からもっと深い何かが動きだしている。芽生えていく。  これが新しい恋というものなのか。 「おにーちゃんって、いいにおいするね」 「そう?きっとお風呂入ったからだよ」 「ボクもおばーちゃんちではいったよ」 「芽生くんもいい匂いだ」 「おにーちゃん、もうこわくない?いたいところとかない?」 「え?何で」 「おにいちゃん、どこかケガしちゃったの?」  驚いた。こんな小さな子供なのに勘がいい。 「大丈夫だよ。芽生くんたちが来てくれたから元気になった」 「そっか。じゃあ手をつないでねよ……」  楓のような小さな手で、僕の手をきゅっと優しく握ってくれた。  懐かしいな……こういうの。  そのままスヤスヤと芽生くんの安らかな寝息が聞こえてきた。  ふふっ寝付くのはやっぱり早いな。  時計を見るともう23時を回っていたので、四歳の子供には酷な時間だったと反省した。同時にすぐに横で僕にくっつくように眠る姿に、ほっとした。  清潔な石鹸と陽だまりの匂いがする小さな手の平があどけない。  僕が小さい頃、もっと小さい弟を抱っこして眠った日々を、それから……兄と一緒に眠った心強い日々を思い出すな。  兄も……弟も函館にいる。  僕だけ東京に出してもらったんだ。  みんなの期待を背負って……だから頑張らないとな。こんなことで負けられない。  それにしてもさっきは驚いた。明かりが眩しくて目を開けると、最初は自分がどこにいるのか分からなかった。でも揺りかごのように暖かくて安らげる場所にいると思った。それが滝沢さんの胸と自分の頬が密着する姿勢で横抱きされている状態だと気づいた時は、流石に動揺した。  男の人に横抱きされたのは……初めてだった。芽生くんの言葉を借りると、「お……ひめさま抱っこ」って言うらしい。  さっきのシーンを脳内で再現してみると……嫌とかじゃなくて、恥ずかしくて恥ずかしくて身悶えした。  滝沢さんは、逞しくて包容力があって……そして寛容な所が魅力に溢れていた。  今日一日の彼のことを思い返すと、僕はむずむずと少し変な気分になってしまった。腰のあたりが変な気持ちになって焦ってしまう。  もう早く寝てしまおう。しかしさっきのあれ……ベッドに優しく降ろされて彼を仰向けの姿勢で見上げた時なんて、正直困ってしまうほどだった。  滝沢さんは、本当に素敵な人だ。  

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