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想い寄せ合って 4
滝沢さんに導かれるように、観覧車に乗った。
「瑞樹もこっちだ」
僕が滝沢さんの向かい側に座ろうとすると、手を引かれ隣に座らされた。
「えっ」
扉を閉める係員に変な目で見られやしないかと、冷や冷やしてしまう。滝沢さんはそういうことにはオープンで堂々としている。一馬と乗った時は、動き出してからそっと席を移動したのに……
やがてゴンドラの中が二人だけの空間となり、ゆっくりと地上を離れて上昇していく。
「瑞樹とふたりきりになれて嬉しいよ」
甘く男らしい笑みで至近距離で微笑まれると、朝のキスを思い出し動揺してしまう。滝沢さん、その笑顔反則だ。大人の余裕すら感じてしまう。居たたまれなくてもぞもぞとくっついている肩を離そうとすると、逆に手をきゅっと繋がれた。
「嫌か」
嫌じゃない。だから……ブンブンと首を横に振る。
「昼間の景色もいいよな~ほら瑞樹、さっき乗ったジェットコースターが見えるぞ」
思わず窓の外を見ると、もうだいぶ高い所まで来ていた。
「あっ本当だ!うわっあんな角度で急降下していたなんて!あれじゃ怖いはずです」
「くくくっ、悲鳴凄かったもんな。でもすっきりした?大声出して」
「滝沢さんの雄叫びも豪快でしたよ。確かにもやもやしていた気持ちが吹っ飛んだというか、なんか僕の声枯れちゃってますよね?」
「そうか?瑞樹の声は可愛いままだけど、いや少し掠れてセクシーになったかな」
「せっセクシーとか可愛いとか……僕は男なのに」
「ごめん嫌だった?」
(瑞樹……可愛いよ。瑞樹……アイシテル)
もういないアイツの声が、どこからともなく聞こえきて、怖くなった。
「……」
「もしかして思い出してしまったのか。彼のことを」
「すみません。僕……この観覧車には、よくアイツと乗って……」
あいつとはここで、キスをした。
何度も何度もキスをした。
一周が十五分なら、十分間はしていたんじゃないか。
そんなことは滝沢さんに言えなくて……何も言えない代わりに気が付いたら僕の方から何故かキスをしていた。今度も軽く触れる程度だが、滝沢さんの唇の熱を、自分の皮膜で感じるほどに。
「えっ瑞樹……」
滝沢さんに肩を掴まれ剥がされてしまった。
拒絶された?
滝沢さんは驚いた表情で、じっと僕のことを窺い見ていた。
「どうして?」
「……すみません」
自分でも何をしたのか分からなくて、恥ずかしくなってしまった。
「そうか……でも無理すんな。瑞樹の思い出を俺は何も根こそぎ奪おうなんて思っていないんだ」
「瀧沢さん、でも僕……それじゃ申し訳ないです。あなたと付き合っていこうと思っているのに」
「嬉しい言葉だな。そういう瑞樹らしい律儀な所、好きだよ。だがな、その……前の彼氏との想い出は俺にとって確かに面白いもんでもないし、気になるところだが、だからといって瑞樹が臭いものに蓋をするように心の奥に閉じ込めるのは良くないと思うよ。そういう風に無理矢理仕舞い込んだものって厄介なのさ。時々鉛のようになって心臓を内側から攻撃してくるからな。自然に……自然で昇華していけばいい」
「そんな……優しすぎます……滝沢さんは僕に……」
「いや俺は優しくなんてないよ。瑞樹限定だよ。それに俺は人の事をとやかく言える立場でもないんだよ。瑞樹に幻滅されそうで怖いが……ずっと容赦なく捨ててきた側だった。それを最後に妻に離婚届突きつけられるまで、気が付かないでいい気になっていた最低な男さ。本来ならば瑞樹に似合うはずもない男なんだ」
「滝沢さん……でもあなたは今、僕を尊重してくれる、僕に寄り添ってくれる、そんなあなたに僕は惹かれています」
「瑞樹」
ゴンドラは丁度てっぺんだ。
銀色の風船を膨らませたようなドーム球場を遥か彼方に見下ろしている。
自然とお互いの顔を近づいていく。
僕は少しだけ首を左に傾けて目を閉じた。
滝沢さんの顔がゆっくりと近づいてきて、唇を重ねられた。
朝のキスとも昼のキスとも違う……天空のキスだ。
少しだけ唇を吸われたので……少し唇を開くと躊躇いがちに滝沢さんの舌がやってきて、僕の舌先に触れた。
****
瑞樹の唇を心の底から味わった。じっくりと堪能した。
瑞樹の唾液と俺の唾液が絡まるキスを、初めて交わした。
「気持ちいいな。キスだけでヤバイ」
本気でゴンドラから降りられない状態になりそうなので、苦悶の末に唇を離し瑞樹の表情を窺うと、頬を染め蕩けそうになってくれていた。
「俺のキス気持ち良かったか。もっとしてやりたいが……もうすぐ地上だな」
「あっ……僕……はぁ……クールダウンしないと」
恥ずかしさに包まれた瑞樹が手で顔を覆いガバっと俯くと、耳まで真っ赤になっていた。
ゴンドラは間もなく地上に舞い戻る。
夢のような時間だった。
また瑞樹との距離が一歩近づいた。
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